2006年、ニューヨークのカーネギーホールで開かれた第17回「グラマー・ウーマン・オブ・ザ・イヤー」授賞式に出席したグロリア・スタイネムさん。[AFP=聯合ニュース]
ロイター通信によると、スタイネム財団は同日、SNSのインスタグラムで、スタイネムさんが愛する人々に見守られながら安らかに息を引き取ったと明らかにした。
1934年にオハイオ州トレドで生まれたスタイネムさんは、スミス大学を卒業後、フリーランス記者として活動した。1963年にはニューヨークのプレイボーイクラブにバニーガールとして就職し、女性従業員たちが直面していた低賃金や性差別的な労働環境について潜入取材した記事で一躍有名になった。
1968年に雑誌「ニューヨーク」の創刊に参加したスタイネムさんは、翌年、女性解放運動に光を当てた寄稿文を発表し、女性運動家として注目を集めた。1971年には全米女性政治連盟を設立した。
1972年に共同創刊したフェミニスト誌「Ms.」では、中絶の権利や同一賃金、家庭内暴力など、当時の女性誌が積極的に取り上げていなかった問題を主要なテーマに据えた。その後も、女性の政治参加の拡大や男女平等憲法修正案(ERA)の批准などを求める活動を続けた。
スタイネムさんは韓半島(朝鮮半島)の平和運動にも参加した。2015年5月には、ノーベル平和賞受賞者2人を含む15カ国の女性平和活動家30人とともに北朝鮮を訪れた後、京義線(キョンウィソン)の陸路を通って軍事境界線を越えた。「ウィメン・クロスDMZ」と名付けられたこの行事を通じ、スタイネムさんは離散家族の再会や和平交渉プロセスへの女性の参加などを求めた。当初は板門店(パンムンジョム)を徒歩で通過する予定だったが、韓国政府が安全上の問題を理由に許可しなかったため、バスで境界線を越えた。スタイネムさんは2019年、「9・19平壌(ピョンヤン)共同宣言」の発表1周年を記念して開かれた京畿(キョンギ)DMZフォーラムにも出席し、基調講演を行った。
2013年には、当時のバラク・オバマ米大統領が、スタイネムさんに米国で最も権威ある民間人向けの勲章である大統領自由勲章を授与した。彼女の回顧録『マイ・ライフ・オン・ザ・ロード』は、2020年に『グロリアス 世界を動かした女たち』のタイトルで映画化された。AP通信は「スタイネムさんは活動家として、生涯の多くの時間を各地を巡りながら過ごし、大学や地域社会、集会やデモ行進の場で演説した」と評した。
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