トリシュリ軍事基地の壁に張られた行方不明者名簿を確認する人々。ピョン・ミンチョル記者
洪水でトリシュリ川が氾濫し、村は丸ごと消えた。洪水発生から4日目となるこの日、住民たちは30度を超える猛暑の中、日よけ一つない場所でぼう然と川を眺めたり、浸水した家や泥の中から生活必需品を拾い出したりしていた。住民のラクシュミさん(48)は浸水した家を指さしながら「ズボンとTシャツを1着ずつ持っただけで、やっとの思いで家から逃げ出した」とし、「父や娘など家族6人が暮らす家と、私が30年間暮らした村が一瞬で消えた」と涙をぬぐった。
ビドゥルはネパールの首都カトマンズから北に約70キロ離れており、車で約3時間走らなければ到着できない。ここからさらに北上すると、韓国人職員が行方不明になった水力発電所「アッパートリシュリ(UT)-1」の現場など被害の大きな地域があるが、道路が流失し、接近が難しい状態だ。
救助拠点となっているトリシュリ軍事基地の前には、行方不明者を探している人々が数百人と集まっていた。片側の壁には名前がびっしりと書かれた行方不明者名簿が張られていた。弟を捜すビラを手にしていたプリヤ・カレルさん(36、女性)は取材陣に「Korean?(韓国人なの?)」と尋ねると、すぐに「弟が斗山(トゥサン)が建設している発電所に勤めていて、洪水で行方不明になった」と涙声で話した。カレルさんは「弟がまだそこにいるということを韓国に必ず知らせてほしい」と訴えた。
行方不明者を捜す人々は首都カトマンズの大型病院にも押し寄せた。
◇川の果てまで爪痕を残した洪水…遺体が240キロ流された
負傷した家族が搬送されていないか確認をしようと、あるいはせめて遺体だけでも見つけようと病院に集まったのだ。トリブバン大学教育病院の前には写真・名前とともに「MISSING」と書かれたビラも数十枚張られていた。家族を見つけられない人々は互いに抱き合いながら涙を流した。9歳の息子と病院の前を歩き回っていたション・ジュさんは「妹と連絡がつかず、ここに来た」と悲しんだ。病院の別の壁には、洪水で命を失った人々の遺体の写真と名前が記されたビラが何枚も張られていた。犠牲者は幼い子どもから高齢者までさまざまだった。遺体の写真を確認していたラディカさんは「洪水で母と父が亡くなった」とし、「弟はまったく見つからず、昨日から病院に来ている」と目を潤ませた。
「コリアン? 弟も発電所に通っていたんだけど…」 ビラを手にした姉の絶叫=ネパール(2)
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