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【コラム】韓国知識人の死(2)

中央SUNDAY/中央日報日本語版
彼らにはすでに久しぶりの機会を楽しむのに公正さや他人の痛みに目を向ける良心はなく、きれいでもない。彼らには労働組合および労働関係調整法改正案が正義に優先する。それに加えいま韓国の知識人は民衆主義の脅迫におびえている。見ず読まず聞かずにいればそれまでというが、妻と子どもたちに気まずく、周囲の心配する声を無視しにくい。大衆の匿名性は彼らの良い盾となり、政治家らとしては彼らほどありがたい存在もない。

3番目に韓国の知識人は公認に没頭している。テレビに何度か出演すれば公認を受けたり大学の特任教授になったりするこの時代に、知識人を見分けるのは難しい。このようになったのは当事者や放送局や大学の責任が大きいが、彼らに喝采を送る民衆の責任も大きい。大学で不正で追放されてもテレビに何度か出れば公認を受けるのに支障がない。ベネズエラやソマリアでさえこのようには生きない。


公認さえ与えれば噛みつく犬の群れは韓国社会にあふれている。解放政局以来、指導者に「檀君以来の聖君が出た」と竜飛御天歌を書いた人は当代の知識人だった。韓国の歴史で聖君は世宗を最後に代が途絶えた。韓国現代史を振り返れば知識は理念を超えることができず、理念は血縁を超えることができず、血縁はお金を超えることができず、お金は公認を超えることができなかった。


4番目に、これらすべての悪行の根源は勉強しなかったせいだ。それならあの名門大学出身者らが勉強しなかったという意味か。そうではない。彼らはまともに勉強したのではなく、試験と派閥を準備したのだ。退渓(テゲ)の教えによれば、正義感は胸から湧き出るのではなく頭で判断し出るものだ。判断は勇気ではなく知識の所産だ。勉強が不足し中身がないため適切な代案を提示できず、机をたたいて声を張り上げる国会議員の姿は見ていても痛ましい。

現代のような出世中心の産業社会で志操が生計を超えるのが難しいということは理解できるが、営倉が怖くて鉄条網を超えられない訓練所の新兵のように残りの日々を生きていくことはできない。韓国社会には曹植(チョ・シク)やドレフュスが見当たらない。少なくともいま私をはじめ韓国の知識人は変節したか死んだ。そして悲しくもこの闇は長く続くだろう。今後30年以内に晴れても早い方で、私の生涯で良い世を見るのは難しい。

申福竜(シン・ボクリョン)/元建国大学碩座教授


【コラム】韓国知識人の死(1)

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