米国建国200周年だった1976年に公開された映画『ロッキー』のワンシーン。米国人は無名ボクサーの挑戦を通じ「明日」に向けた希望を見いだした。[中央フォト]
米国は常に危機論に包まれてきたが、依然として世界最強の大国だ。近く急落する兆しもみられない。米国衰退論のもっともらしい根拠に挙げられる「トゥキディデスの罠」は歴史学会では過度な一般化と低評価される。古代の最大の覇権国はアテネやスパルタではなくペルシャであり、ペロポネソス戦争もやはり複合的な地域紛争の産物だった。それにもかかわらず、中国の勢いに魅了された人たちはこれを何かの自然法則であるかのように信奉する。
米国の衰退に対する最も強い反論はドルの存在だ。社会内部的危機と関係なく米国の基軸通貨国の地位は固い。実体経済では米国の割合が下落したが、国際金融市場でドルの利用はますます増加している。国際通貨基金によると2025年末の世界の外貨準備高の56.8%がドル資産だった。続けてユーロが20.2%、円が5.8%、ポンドが4.4%だった。
マサチューセッツ工科大学のリカルド・カバレロ教授はドル基軸通貨の根拠を世界的安全資産の不足に見いだす。米国債に代わるAAA等級の安全資産がない限りドル覇権は揺らがないということだ。中国の経済規模が世界2位に大きくなったが、人民元がドルを代替するのは想像し難い。
基軸通貨とは世界のどこでも安心して使えて、預けられ、売りやすいお金だ。中国がそれを望むならば数十年にかけて大規模な経常収支赤字を出したり、海外に融資をすることによって人民元を世界が染まるほどばら撒かなければならない。完全な資本移動、安全な金融市場、法治主義と予測の可能性も必要だ。これが共産党政権の統制体制と年間1兆ドル以上の貿易黒字構造で可能だろうか。人民元が基軸通貨に上がることよりサッカー中国代表チームがワールドカップで優勝する方が早いかもしれない。
◇人民元が基軸通貨? W杯優勝の方が早い
米国は経済だけ優れているのではない。トランプ政権が移民の障壁を高めたりはしたが、米国は外部人材の流入を通じて人口学的躍動性を維持するほぼ唯一の先進国だ。ギャラップの年次調査で今年の世界の潜在的移民の15%が米国を希望する行き先に選んだ。主流メディアはこれが過去最低値ということを強調し、依然として不動の1位であることはあえて強調しない。2位のあるカナダは9%、3位のドイツは5%とまだ1桁台だ。
米国の民主主義が危機に直面したとしても、他の強大国の事情も良くなるとはみられない。欧州でも移民政策をめぐり陣営対立が激化している。また、中国は毎年国防費と同水準の金額の治安予算を使う。外敵ほどに内部の動揺を警戒するという意味ではないのか。
これに対し米国では巨大な対立の中でもシステムは作動する。特に50の州政府の多様性と権力分散構造は日常を維持させるファイアウォールの役割をする。1975年の「建国200周年講演」でハンナ・アーレントはその日常性が権力の暴走を許容すると警告したが、むしろ日常こそ権力と個人の間の緩衝装置ではないのか。
どの国にも光と影はともに存在する。片方だけ見て美化したり悲観する理由はない。それでも自国をさげすむ米国かぶれのインテリたちの考え方には潔癖症のようなパターンがある。世界の多くの人が享受できなかったり部分的にだけ享受する、自由、権利、豊かさ、法秩序などを米国では当然完全体でなければならないと考える。そのうち一部でも不完全だったり多少遅れる場合、その現実に耐えられず自国を正しいものではないと糾弾する。米国特有の自己修正能力には目をそむけ悲観主義を伝播する。「米国に死を」というスローガンの急進団体活動家がニューヨークの民主党連邦下院議員候補になったことを見ればもう自己否定は一線を超えた。
彼らには米国がまだ強いという事実がやりにくそうだ。米国は力が足りない国ではない。統合と合意を引き出す能力が弱くなった国だ。政治には亀裂が入ったが、国力は鋼のようだ。治めるのが難しくなっただけで依然として強い国だ。
南潤昊(ナム・ユンホ)/米州中央日報代表
統治不能の米国、弱いのではなく治めるのが難しくなっただけ(1)
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