17日、イラン・テヘランで、「イランの歴史的英雄を称えて」という文句とともに、2人の人物が米国の空母などを防いでいるような絵が掲げられている。左は先月26日、ホルムズ海峡封鎖作戦中にイスラエルの空爆で死亡したイスラム革命防衛隊海軍のアリレザ・タングシリ司令官。右は1915年、英国軍と戦って死亡した民族的英雄ライス・アリ・デルヴァリ。ロイター=聯合ニュース
イラン外務省のエスマイル・バガイ報道官は23日(現地時間)、X(旧ツイッター)に「シャープール1世のナグシェ・ロスタム勝利レリーフ」とイランの地図を合成した写真を掲載し、「ローマ人の頭の中ではローマは疑いなく世界の中心だった。しかしイラン人はその幻想を粉々に打ち砕いた」と記した。
このレリーフは、ペルシア帝国の首都だったペルセポリス近郊のナグシェ・ロスタム遺跡の岩壁に刻まれたものだ。サーサーン朝ペルシア皇帝シャープール1世が、ローマ皇帝ゴルディアヌス3世、フィリップス・アラブス、ウァレリアヌスを制圧する様子が描かれている。
ゴルディアヌス3世がペルシア侵攻中に戦死すると、側近の近衛隊長フィリップス・アラブスは急きょ巨額の賠償金を支払い、ペルシアと講和条約を結んだ。その後、彼はローマへ戻り皇帝となった。続いて皇帝となったウァレリアヌスは再びペルシアへ侵攻したが、ペルシア軍に捕虜として拘束された。
レリーフにはこうした歴史が刻まれている。ゴルディアヌス3世は倒れた状態でシャープール1世の馬のひづめの下に描かれ、ウァレリアヌスは手首をつかまれて引き立てられる姿として表現されている。フィリップス・アラブスはひざまずいている。
バガイ報道官は「マルクス・ユリウス・フィリップス(フィリップス・アラブス)がペルシアへ向けて東進した時、その遠征はローマの勝利では終わらなかった。むしろサーサーン朝ペルシアの条件によって成立した平和で幕を閉じた。ローマ皇帝はその条件を受け入れざるを得なかった!」と記した。
ニューヨーク・タイムズ(NYT)は、バガイ報道官の投稿について、イランが米国と協議中の終戦合意条件を「勝利」として演出しようとしているものだと分析した。世界の中心を自認していたローマをペルシアが圧倒したように、イランもまた米国に一泡吹かせたと主張しているということだ。米国とイランは、停戦を60日間延長し、ホルムズ海峡を開放した上で、この期間中にイラン核問題と対イラン制裁解除を協議する内容のMOU締結を議論している。
中東専門メディア「アムワジ」のモハマド・アリ・シャバニ編集長は、「勝利を主張することは米国よりイラン側の方が容易だ」としながらも、「イランが新たな自信を持つ理由は確かにある」と評価した。欧州外交評議会(ECFR)のエリー・ゲランマイ(Ellie Geranmayeh)副局長は、「イランは劣勢側でありながら、二つの核保有国(米国とイスラエル)に対抗できることを国内と地域諸国に示した」と分析した。
「米国、ローマ皇帝のようにひざまずいた」…終戦MOUに「勝利」叫ぶイラン(2)
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