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ハングルか漢字か「1+1」…揺れる光化門扁額

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

ソウル景福宮(キョンボックン)の正門である光化門(クァンファムン)に、既存の扁額とは別にハングルの扁額を追加で設置しようとする案が議論を呼んでいる。上下に掲げた2つの扁額を想定したイメージ。[写真 光化門・訓民正音体ハングル扁額国民の集い]

2023年に大規模な復元除幕式が行われたソウル光化門(クァンファムン)の扁額が、「ハングル扁額」をめぐって再び論争の的となっている。朝鮮・高宗(コジョン)による景福宮(キョンボックン)再建当時を原型とした扁額を「時代精神」に合わせて調整する案が今年初め、大統領主宰の国務会議で提起されたためだ。文化遺産の原型保存を主張する原則論と、20世紀以降の空間変化の象徴性を掲げる主張が、扁額の文字をめぐって衝突している。

31日、ソウル市鍾路区(チョンノグ)の大韓民国歴史博物館で文化体育観光部主催により開かれた「ハングル扁額追加設置の意見集約に向けた光化門扁額討論会」は、こうした対立が平行線をたどる場となった。この日の発題で、崔鍾悳(チェ・ジョンドク)元国立文化財研究所長は「時流に合わせて文化遺産を変形することは過去を操作することだ」として、ハングル扁額の追加に反対の立場を示した。一方、李建範(イ・ゴンボム)ハングル文化連帯代表は「国家の象徴空間で文字と文化の次元におけるアイデンティティーをハングル扁額で示そう」と主張した。


光化門のハングル扁額はハングル団体を中心に継続的に提案されてきたが、所管機関である国家遺産庁(旧文化財庁)と文化遺産委員会に認められず、たびたび頓挫してきた。最近流れが変わったのは、既存の扁額に加え訓民正音体の扁額を追加で掲げるという折衷案が出てきたためだ。ハングル学会長のキム・ジュウォン氏はこの日の討論で「訓民正音が創製・頒布された場所が景福宮なのだから、2つの扁額を併せて掲げれば、もともと漢字を使っていた人々が今はハングルを使い韓流を起こしたという意味を持つのではないか」と述べた。今年が訓民正音頒布580周年であり、ハングルの日の起点となる「カギャの日」宣言100周年である点も併せて強調した。これに先立ち、崔輝永(チェ・フィヨン)文化体育観光部長官は1月の業務報告でハングル扁額の追加設置について「原型を守りつつ、ハングル扁額を求める時代的要請を満たす案だ」と紹介している。


韓半島文化観光研究院長のキム・ヒョンウ氏は「最近のBTS(防弾少年団)の公演が示したように、光化門は世界の人々にKカルチャーの聖地と見なされている」とし、「ハングル扁額の追加設置は文化観光の物語を完成させる画竜点睛だ」と述べた。文化財庁長を務めた兪弘濬(ユ・ホンジュン)国立中央博物館長も最近、中国の紫禁城など海外の事例を挙げながら「ハングル扁額の併記」に賛成の立場を示している。

光化門の扁額をめぐる論争が繰り返されるのは、これまでの復元過程で「原型の実像」が揺れ動いてきたためだ。1868年の景福宮再建当時、訓練大将の任泰瑛(イム・テヨン)の筆による光化門の扁額は、6・25戦争(朝鮮戦争)の爆撃で木造の門楼が焼失した際にともに失われた。1968年の復元時、朴正熙(パク・チョンヒ)大統領は当時推進していた「ハングル専用化政策」に合わせ、自らハングル扁額を書いた。その後、景福宮復元の基準が「高宗再建当時」に定められると、2010年に任泰瑛の書体で復元した漢字扁額が新たに掲げられた。しかし拙速な制作で木材が割れる事故が起きたうえ、2018年に新たな史料が見つかり、その後「黒地に金字」で再制作された。

この日の討論会では「複数の扁額」は不自然だとの指摘も出た。韓国芸術総合学校のイ・ガンミン(建築学)教授は「木造建築の扁額自体が韓中日など漢字文明圏の産物なのに、ハングル扁額で同語反復をするのは意味がない」と主張した。紫禁城の扁額は清の支配勢力が既存の漢字語に満州語を併記したもので、文脈が異なるとも説明した。

一方、2024年に当時文化体育観光部長官だった柳仁村(ユ・インチョン)氏が「ハングル扁額」に同調した際、公に反論していた国家遺産庁は、今回は特段の異論を示していない。



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