22日、大田(テジョン)市庁に設けられた安全工業の工場火災犠牲者を追悼する合同焼香所で、遺族が息子の名前が記された位牌に手を添えている。大田市は来月4日まで、市庁ロビーで合同焼香所を運営する。[聯合ニュース]
安全工業株式会社で勤務中、火災現場で亡くなったチェさんは、家族を支える一家の大黒柱だった。22日、子ども2人とともに大田市(テジョンシ)が設けた合同焼香所で焼香を終えたチェさんの妻は、「突然通話が切れて、かけ直しても(夫は)出なかった。その後は携帯電話の電源も切れていた」とし、「(最後の)言葉も聞けなかった」と涙を流した。チェさんの名前を繰り返し呼びながら、母親は位牌をなでて泣き崩れた。
一家の生計を支えていたチェさんは3人兄弟の次男だ。安全工業に入社して4年になるという。農繁期には忠清南道錦山(チュンチョンナムド・クムサン)に住む両親を訪ね、農作業を手伝っていた。叔母は「気立てがよく、愛嬌のある甥だった」と話した。チェさんの母親は「仕事一筋の優しい息子だったのに…孫がまだ幼く、これからどうすればいいのか」と言い、その場に座り込んだ。チェさんの幼い次男は、父親の死を理解していないのか、戸惑った表情で菊の花を一輪、位牌に供えて黙礼した。チェさんの父親は「建物が焼けた様子を見て、息子が最悪の環境で働いていたのだと思った」とし、「脱出できる窓がなかったというのは、やりきれない」と語った。
この日、合同焼香所には、火災惨事で亡くなった14人の名を呼ぶ遺族の訪問が絶えなかった。亡くなったユさんの母親は「うちの息子を助けて、そこから出てきて。行くなら私も一緒に連れて行って」と足を踏み鳴らしながら訴えた。亡くなったキムさんの母親は「どうしてうちの息子がここにいるの」と繰り返し涙を流した。別の遺族は「どうしてこんなことになったんだ」と言い、故人の位牌をなでた。ある高齢の母親は「かわいそうでたまらない。息子を助けて」と嗚咽した。犠牲者のパクさん(44)の母親は「休みの日にも文句ひとつ言わずに家業を手伝い、病気の父親の薬も受け取りに行ってくれる優しい息子だった」とし、「土曜日にも田舎の仕事を手伝いに来るはずだったのに」と声を詰まらせた。
安全工業のファン・ビョングン労組委員長は「仲間たちが一夜にして空の星となった」とし、「社員たちも悲しみを抑えきれないでいる。人生が崩れ落ちるような苦しみに直面している遺族を、どう慰めればいいのか分からない」と話した。労組は班を編成し、担当する遺族を慰め、悩みや要望にも耳を傾けることにした。合同焼香所で会った市民のホンさん(43)は「関係機関は事故予防のため、法律や規定、マニュアルだけにとどまらず、現場で安全ルールがきちんと守られているのか確認する必要がある。会社側も、現場に応じた事前の避難訓練とマニュアルを整備すべきだ」と話した。
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