イランの最高指導者アヤトラ・アリ・ハメネイ師 [AFP=聯合ニュース]
先月28日(現地時間)に米国とイスラエルによる空襲で死去したハメネイ師はイスラム原理主義、神政政治独裁などのイメージが強いが、かつては詩人を夢見るなど文学への情熱でも有名だった。若い頃、レフ・トルストイやヴィクトル・ユーゴーなどの西欧文学に魅了されたハメネイ師は執権後、毎年自身の執務室で詩の朗読会を開き、詩人の作品についてフィードバックを与えるほどだった。
◆文学青年の夢と傷
ハメネイ師は1939年、イラン北東部マシュハド(Mashhad)で聖職者の家で8兄弟姉妹の2番目として生まれた。「(夕食に)パンと干しブドウを食べることが多かった」と記憶する貧しい家庭だった。保守的な聖職者だった父は息子が5歳になると神学の勉強をさせ、19歳には名門クム(Qom)神学校に送った。
とはいえ、若いハメネイ師が宗教的な情熱を抱いていたわけではない。ハメネイ師は抑圧的で権威的な父に気兼ねし、文学を「解放区」と見なした。「若い頃、多くの小説と詩集を読み、夜通し討論し、熱情的な時間を過ごした」というハメネイ師はかつて詩人を目指したりもしたが、文学的な才能は認められなかったという。有名な詩人から「他のことを探してみるのがよい」という勧告を受けたりもした。
独裁者は権力を若い頃の傷を治癒するのに使う。美術学校入学試験に落ちたアドルフ・ヒトラーが権力を握った後に名画を収集し、一部については「退廃的」として締め出したように、ハメネイ師の執権後、イランの数人の詩人は保安機関の査察対象となり老齢年金から除外された。心理学者は失敗に対する無意識的な補償メカニズムと解釈する。
詩人を夢見て「神の代理人」に…ハメネイ師に悲惨な最期(2)
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