フレディ・マーキュリー [AP=聯合ニュース]
15日(現地時間)の英デイリーメールやメトロなどによると、フレディ・マーキュリーの娘と主張してきた女性「ビビ(Bibi)」さんの夫トーマスさんは「妻が希少な脊椎がんとの長い闘病の末、安らかに息を引き取った」とし「9歳と7歳の2人の息子を残した」と明らかにした。
ビビさんは若い年齢でがんと診断され、一度は寛解の判定を受けたが、その後また再発して闘病生活を続けてきたという。医師として活動したビビさんは家族と共にフランスに居住し、死後に遺灰はアルプス上空にまかれたという。
ビビさんの存在は作家レスリー・アン・ジョーンズさんが昨年出した伝記『ラLove,Freddie』で初めて公開された。ジョーンズさんはこの著書で「フレディ・マーキュリーは1976年、知人の妻としばらく関係を持ち、2人の間に娘が生まれた」とし、娘を「ビビ」と呼んだと主張した。ビビさんはDNA検査を通じて実子であることが確認されたとも明らかにした。
ジョーンズさんによると、ビビさんは2021年にがんが再発した後、直接連絡してきて自分の話を世間に知らせたいと伝え、その後の4年間は共同作業をしながら伝記を完成させた。ビビさんは生涯最後の旅行で家族と共に南米を訪問し、「バケットリスト」にあったペルーのマチュピチュを訪問したと伝えられた。
ビビさんは生前、「父の死後、攻撃と歪曲に耐えなければいけなかった」とし「15歳で父を亡くして独りで大人になった」と主張した。フレディ・マーキュリーは1991年、エイズ合併症のため45歳の年齢で死去した。
ただ、ビビさんが実際にフレディ・マーキュリーの娘かどうかについては論争が続いている。マーキュリーの元婚約女性メアリー・オースティンさんは「隠し子やそのような日記について全く知らない」と否認し、クイーンのギターリスト、ブライアン・メイの妻アニタ・ドブソンさんも「話にならない」と疑惑を一蹴した。
一部の英メディアはクイーンの曲「Bijou」と「Don’t Try So Hard」がマーキュリーが娘を念頭に置いて書いた曲である可能性に言及し、マーキュリーが死去する前までビビさんと個人的に連絡を維持してきたという主張も共に伝えた。
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