JYPエンターテインメント代表プロデューサーのパク・ジニョン氏。[写真 ニュース1]
李大統領は9日、韓国文化に対する世界的関心が高まっている状況で、音楽・ドラマ・映画・ゲームなど大衆文化の拡散に必要な官民協力体制を整えるために大衆文化交流委員会を新設すると明らかにした。パク氏とともに共同委員長を務めるのは崔輝永(チェ・フィヨン)文化体育観光部長官だ。
この日、姜勲植(カン・フンシク)大統領室秘書室長は任命理由について「パク・ジニョンJYP代表は韓国を代表する歌手の一人としてK-POPグローバル化に尽力してきた」とし「全世界の人々が我々の大衆文化をもっと楽しみ、我々もまた外国の多様な文化に触れることで文化を花開かせる大韓民国をつくることに寄与するだろう」と説明した。
パク氏は1994年ファーストアルバム『Blue City』でデビューし、『Don't Leave Me』『Elevator』『She Was Pretty』『Honey』『I have a lover』『Your House』など、立て続けにヒット曲を発表し、1990年代韓国大衆音楽を代表するスターに位置づいた。1996年にはJYPエンターテインメントを設立し、プロデューサー兼経営者に転身した。その後、g.o.d.(ジーオーディー)やRain(ピ)・Wonder Girls(ワンダーガールズ)・2PM・2AM・miss A(ミスエイ)・TWICE(トゥワイス)・Stray Kids(ストレイキッズ)・ITZY(イッジ)・NiziU(ニジュー)など、数多くの人気グループとアーティストを発掘してきた。
パク氏はこの日、自身のソーシャルメディアに「政府の仕事を担うということはエンターテインメント業界従事者としては負担でもあり心配でもある」としながらも、「今K-POPはとても特別な機会を迎えており、この機会を必ずうまく生かさなくてはという強い思いで決心することになった」と書き込んだ。
続けて「これまで現場で活動しながら、制度的支援があればいいなと思っていた部分をきちんと整理し、実効的な支援が行き渡るように、また後輩アーティストたちがよりよい機会を多く得られるように一生懸命努力したい」と抱負を語った。
さらに「2003年、無謀にも米国へ渡ってレコード会社に広報資料を配っていたとき、2009年Wonder Girlsが韓国歌手として初めてビルボード『Hot 100』チャートに入ったとき、そして今この瞬間も、私の夢はK-POPが全世界で愛されることだ」とし「K-POPがもう一段階飛躍し、我々の文化を知らせることを越えて、世界の人々がお互いを理解し交流する場となれるよう最善を尽くしたい」と付け加えた。
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