3月、人文学ベストセラー『サピエンス全史』の著者ユヴァル・ハラリ氏(右)がソウル汝矣島(ヨイド)の国会で、当時の李在明(イ・ジェミョン)共に民主党代表(左)と人工知能(AI)をテーマに対談している。 [写真国会写真記者団]
新政権の科学技術政策の傍点は人工知能(AI)に打たれた。AI技術の発展が「特異点」に向かっている中、国家生存のためにも当然の選択だ。李在明大統領は大統領選挙期間中、「世界を先導する経済強国をつくる」というスローガンの下、「AI3大強国」を1号公約に掲げた。このように政府発足後に最初に発表された大統領室組織に「AI未来企画首席」が新たに登場した。その下に「国家AI政策」「科学技術研究」「人口政策」「気候環境エネルギー」と4つの秘書官室が設けられた。首席が「国家最高人工知能責任者(CAIO)」となり、汎国家的AI戦略を樹立・推進していくという意図だ。民主党内では「AIツァー」という表現までが登場した。職制構造だけをみると、前政権で科学技術首席の下に「研究開発革新」「人工知能・デジタル」「先端バイオ」「気候環境」の4つの秘書官室で運営されたのと似ているが、大統領室がAIを筆頭にした科学技術政策のコントロールタワーになるというのが大きな違いだ。第20代大統領選挙当時の李在明候補の公約にあった科学技術副首相の復活が今回の第21代では言及もされない理由でもある。
李在明政権のAI公約には▼AI投資100兆ウォン(約10兆円)時代開幕▼5万個以上のGPU確保▼AI専用NPU(神経網処理装置)開発▼国家SOCレベルのAIデータセンター構築▼韓国固有の「ソブリンAI」開発▼AI単科大学設立など投資・インフラ構築などが含まれている。このほか▼すべてのAIプロジェクトを通じて生成型AIを無料で使用できるAI基本社会の構築▼AI兵役特例の推進▼AI規制の合理化など関連制度改編内容も盛り込まれている。学界と産業界はAI公約が実現する場合「過去最大の投資と発展」が実現すると期待しているが、カギはやはり実践だ。尹錫悦前大統領も当初、大統領選挙公約で「世界最大AIクラウドコンピューティングインフラ造成」を話していた。「光州(クァンジュ)AIデータセンター」などの施設が設置された。しかしグローバルAI発展速度に追いつかず「世界最大」目標が色あせたうえ、資源さえもまともに運用できず活用率も落ちるという叱責を受けた。
李在明政権のAI政策自体に対する懸念の声も聞こえる。AIに対する全幅的な投資には同意するが、米国や中国と比べて人材と予算が大きく不足する韓国でOpenAIのように大規模言語モデル(LLM)をつくる方式でAI強国に追いつくのは非現実的という批判だ。代わりに政府は産業・製造のための応用AI育成に注力するのがよいという話だ。一方では中国ディープシークの事例にみられるようにオープンソースの公開とGPU価格の急激な下落でLLM開発が容易になっただけに、我々のデータを中心にした「ソブリンAI」を構築し、これにもとに多様な応用AIを開発するべきという意見も少なくない。LGやネイバーなどグローバル企業に成長した国内大企業がすでに自主的にLLMを開発している点もソブリンAI構築の可能性を見せている。混迷する政局のため慌てて準備した公約なら、今からでも専門家らの深みのある議論が必要だ。
AI3大強国とともに考慮するべき点はエネルギーだ。AIモデル開発とデータセンターなどサービス運営には莫大な電気エネルギーが必要となる。OpenAIでも原発5基規模に該当する5GW級のAI専用データセンター構想が必要だと米国政府に建議したことがある。
李在明政府は全南(チョンナム)海岸地域に風力と太陽光発電団地を大規模に設置し、ここにデータセンターを設置するという計画を提示した。気候危機の中、風力・太陽光のような再生可能エネルギーを拡大すれば、電気料金が現在よりさらに高くなるしかないのが問題だ。再生可能エネルギーを安定的に供給するにはエネルギー貯蔵システム(ESS)と系統連結、非常時のためのLNG発電など二重・三重の施設が必要となる。脱原発の末に「欧州の病人」に転落したドイツが反面教師だ。
気候も経済も悩みなら、再生可能エネルギーだけを使用するという「RE100」より、炭素を排出しなければよいという「CF100」が現実的だ。米国はもちろん英国など西欧国家も最近、新規原発建設などCF100に向かっている。韓国の産業用電気料金は2023年から米国より高くなった。再生可能エネルギーの比率を大幅に増やす場合、AI3大強国公約の実現が難しくなることも考慮する必要がある。いま始まった李在明政権の5年は歴史の本にどう記録されるだろうか。過去3年のように理念と葛藤で退くのか、4万ドルを超えて5万ドル時代を開くのだろうか。実用的市場主義を宣言した新政権の実践を待つ。
◆ソブリンAI=「主権(sovereign)」という言葉が意味するように、特定国家が外部の影響なく独立的に開発・運営・統制し、該当国の制度と文化・歴史・価値観などを理解する人工知能システムを意味する。AI時代が本格化すればソブリンAIを保有する国とそうではない国の差が大きく広がると予想される。
◆CF100(Carbon-Free100%)=企業や国家が使用する電力の100%を炭素を排出しないエネルギー源で満たすという目標。再生可能エネルギーを中心に炭素中立を推進するRE100と似ているが、CF100には原子力など無炭素エネルギー源も含まれる。
チェ・ジュンホ/科学専門記者/論説委員
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