27日、慶尚北道盈徳郡知品面黄腸里(キョンサンブクド・ヨンドクグン・チピンミョン・ファンジャンリ)のある村が山火事によって廃虚と化した。キム・ジョンホ記者
干し柿の栽培と養蜂場を営んでいた家主のキムさん(60代)は、「全部焼けてしまった。どこから手をつければいいのかわからない。途方に暮れている」とし、「どうしてこのようなことを経験しなければならないのか」ともどかしさを訴えた。「今(柿の木に)肥料も与えて、剪定作業をする時期なのに…」として言葉が出てこないように黙っていたキムさんは「蜂の巣も半分が燃えた」と独り言を言った。キムさんの家だけでなく、チュンテ村は戦場を彷彿とさせた。
避難から10日後の同日、家に戻ってきた住民たちは、がっかりした表情を隠せなかった。この村のソン・ギョンモ村長(68)は「肥料を与えて枝を切るなど、一年の農作業を準備する時期だが、村が廃墟になった」として「直ちに住民たちが寝るところもない」と話した。
事情は慶尚北道(キョンサンプクト)も同じだった。義城(ウィソン)・安東(アンドン)・青松(チョンソン)・英陽(ヨンヤン)・盈徳(ヨンドク)など山火事が過ぎ去った5カ所の中で最も施設物被害が多い安東市はそれこそ廃墟となった。東安洞(トンアンドン)農協の臨河(イムハ)支店は爆撃を受けたように建物の破片が四方に飛び散っており、内部が真っ黒に焼けた様子だった。農協ビルの裏手の村にも、まともな家は見当たらなかった。教会の窓が割れ、ビニールハウスは炎にビニールが溶けて骨組みだけが残っていた。村の入り口のある住宅は、屋根だけを残して崩れ落ちた。慶尚北道だけで今回の山火事で住宅3239棟が全焼した。
慶尚南道と慶尚北道を中心に発生した11カ所の大型山火事の鎮火が30日に完了した。コ・キドン中央災難安全対策本部長はこの日「21日から慶南と慶北地域を中心に発生した大型山火事は総力対応の末に、火災の中心部を全て鎮火した」と明らかにした。最後まで気を揉んでいた慶尚南道山清の鎮火には213時間34分がかかった。2022年3月の蔚珍(ウルジン)・三陟(サムチョク)の山火事(中心部の鎮火に213時間43分)に続き、過去2番目に長い山火事として記録された。
火は消したが、人命と財産の被害は過去最大規模になる見通しだ。中央災難安全対策本部によると、山火事が影響を及ぼした区域は計4万8239ヘクタールに上る。ソウルの面積の約80%に達する。住宅3397棟、農業施設2114件が全焼し、国家遺産被害も30件に達する。また、死者30人を含め、計75人の死傷者が発生した。さらに、警戒を緩めるにはまだ早い。中央災難安全対策本部側は「乾燥した大気状況と風が続いているだけに、残火の処理と後火監視は鎮火隊員とヘリコプターを動員して続ける方針」と話した。
韓国政府はまた「汎政府復旧対策支援本部」と「中央合同被害調査団」を構成し、山火事被害復旧対策を立てることにした。コ・キドン本部長は「山火事で生活の基盤を失った被災者の早急な日常回復と被害復旧のために、最高水準の支援を行う予定」とし、「関連部署と地方自治体は追加の山火事防止に向けて引き続き取り組み、山火事発生の際に国民の安全を守るための先制的な措置を取る」と述べた。
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