日本の政界が揺らぎ始めた。4月28日に行われた衆院3補欠選挙で最大野党の立憲民主党が全勝し、岸田文雄首相はこれ以上、自民党の「顔」となり得ないという世論が高まっている。
それは世論調査を見ても明らかだ。4月下旬に実施された世論調査では「政権交代してほしい」(62%、毎日新聞)、「政権交代を期待」(52.8%、産経新聞)と政権交代を望む回答が過半数に上るほどだった。
しかし、日本の政治に詳しい専門家は「政権交代の可能性は非常に低い」と見ている。なぜこうした乖離が生じるのか。現在、日本の政界で最も注目を集める政治学者の一人である中北浩爾・中央大教授にその理由を尋ねると、世論が望むのは現在の与党から野党への政権交代ではなく、「与党内での政権交代」という答えが返ってきた。中北氏は「ポスト岸田」についての見解も示した。
--補選の結果はどのような民意の現れか。
今回は自民党にお灸をすえたということであって、立憲への政権交代を求める動きとは言い難い。世論調査をみても、自民が暴走しないよう与野党の勢力が拮抗した方がいいというところまでで、野党への政権交代は望んでいない。やはり現時点で立憲に政権を任せられると考えている国民は少数であり、多数は自民内での疑似政権交代を求めているように見える
--自民が唯一候補を立てた島根1区は立憲候補が大勝して注目されたが。
島根のような農村部でも自民の支持基盤が弱まっていることは確かだ。ただ、死去した細田博之氏は安倍派のパーティー収入の裏金化問題や旧統一教会との結びつきなどについて批判が強かった。これに対し、今回勝利した亀井亜紀子氏は元職で知名度が高かったうえ、父が元自民国会議員で保守系の支持を得やすかった側面もある
--補選直前のメディアの世論調査では、政権交代への期待感が過半数を超える結果が出ていた。それでも現時点で政権交代が起きる可能性はほぼないと言われるのはなぜか。
自民はずっと政権を担ってきており、政権担当能力があるとみられている。つまり、自民は安心できるブランドがあると多くの国民は考えている。一方、2009年に一度、国民は民主党(民進党を経て現在の立憲や国民民主党に分裂)に政権を託したが、うまくいかなかった。立憲の最大の課題は外交安全保障政策だ。民主党政権当時、沖縄県の米軍普天間飛行場の移設問題で米国と摩擦を起こしただけでなく、ロシアのメドベージェフ大統領の北方領土訪問、李明博大統領の竹島(韓国名・独島)上陸、尖閣諸島をめぐる中国との対立激化など、危機的ともいえる状況に陥った。しかも、民進党になって以降、日米安全保障条約の廃棄を掲げる共産党との野党共闘を進めた。しかし、ウクライナ戦争の勃発によって、日本国民は安全保障問題に一層敏感になっており、日米同盟強化への支持が明らかに強まっている。立憲への政権交代が見えてくれば、2015年に成立した安保法制をどうするかをはじめ、その安全保障政策への不安感が国民の間で高まるはずだ
--2012年に自民が政権を奪還してから12年がたつが、立憲は政権当時の総括を未だにできていないようだ。
政権から転落した後、民主は党内対立を恐れて総括できなかった。そのため、民主党政権のどの政策が正しく、どの政策が間違っていたのかという整理がなされず、安倍晋三元首相がしきりに口にした「悪夢の民主党政権」というイメージを払拭できなかった。政策に加えて重要なのは、民主党政権が社民党の連立離脱によって行きづまったことの総括だ。立憲が本気で政権を目指すのであれば、安全保障などで現実的な政策を打ち出すことに加え、安定した連立の枠組みを提示することが不可欠だ。
--9月に自民党総裁選がある。その前に岸田氏は解散をして総選挙で勝利し、総裁選での再選を狙っていたようだが。
今すぐ「岸田おろし」が起きないのは、遅くとも9月には総裁選があるのと、それに向けて「出る杭」になりたくないからだ。岸田氏は衆議院の解散はおろか、総裁選への出馬も難しくなってきた。自民党内や連立を組む公明党からも「岸田氏のままでは選挙は戦えない」と考えられている状態だ。現職の首相が自民党総裁選で負けたのは福田赳夫氏のみで、岸田氏は結局、名誉ある撤退を選ぶのではないか。総裁選に向けた動きが出てくるのは、6月末に予定される通常国会閉会後になると思う。衆議院議員の任期満了が近づくなか、「選挙の顔」になり得る総裁を選ぶことが至上命題となる
--ほとんどの派閥が解散した状態で迎える総裁選。どんな候補者が出てくるか。
2001年に総裁に選ばれた小泉純一郎氏のように、「古い自民党をぶっ壊す」と叫ぶような人が出てくる可能性もないわけではないが、総裁選は決選投票になれば国会議員票のウェイトが大きくなるので、それほど破壊的な人物は選ばれないのではないか。今のところ、上川陽子外相や石破茂元自民党幹事長が有力候補ではないかと思う。上川氏なら初の女性総理になるし、石破氏の場合は安倍氏に異を唱え続けた「脱安倍政治」というストーリーがある。両氏とも総裁になれば相当なインパクトがあり、時を置かずして衆議院解散に踏み切れば、自民、公明両党で過半数を維持する可能性は低くない
--韓国との政治制度や風土の違いは。
日本は議院内閣制だが、韓国は大統領制で、政治制度が大きく異なる。また、韓国では、今もある程度、支持政党に地域差があり、与野党がそれなりに均衡している面があると思うが、日本は全国的にほぼ自民一強だ。例えば全国の都道府県議会での自民の割合は2023年12月現在、約49%を占めているのに対して、立民は約9%に過ぎない。この差は大きい
中北浩爾 中央大法学部教授
1968年生まれ。東京大法学部卒。法学博士。専門は現代日本政治論など。著書に「自民党―『一強』の実像」「自公政権とは何か―『連立』にみる強さの正体」「日本共産党―『革命』を夢見た100年」など。
それは世論調査を見ても明らかだ。4月下旬に実施された世論調査では「政権交代してほしい」(62%、毎日新聞)、「政権交代を期待」(52.8%、産経新聞)と政権交代を望む回答が過半数に上るほどだった。
しかし、日本の政治に詳しい専門家は「政権交代の可能性は非常に低い」と見ている。なぜこうした乖離が生じるのか。現在、日本の政界で最も注目を集める政治学者の一人である中北浩爾・中央大教授にその理由を尋ねると、世論が望むのは現在の与党から野党への政権交代ではなく、「与党内での政権交代」という答えが返ってきた。中北氏は「ポスト岸田」についての見解も示した。
--補選の結果はどのような民意の現れか。
今回は自民党にお灸をすえたということであって、立憲への政権交代を求める動きとは言い難い。世論調査をみても、自民が暴走しないよう与野党の勢力が拮抗した方がいいというところまでで、野党への政権交代は望んでいない。やはり現時点で立憲に政権を任せられると考えている国民は少数であり、多数は自民内での疑似政権交代を求めているように見える
--自民が唯一候補を立てた島根1区は立憲候補が大勝して注目されたが。
島根のような農村部でも自民の支持基盤が弱まっていることは確かだ。ただ、死去した細田博之氏は安倍派のパーティー収入の裏金化問題や旧統一教会との結びつきなどについて批判が強かった。これに対し、今回勝利した亀井亜紀子氏は元職で知名度が高かったうえ、父が元自民国会議員で保守系の支持を得やすかった側面もある
--補選直前のメディアの世論調査では、政権交代への期待感が過半数を超える結果が出ていた。それでも現時点で政権交代が起きる可能性はほぼないと言われるのはなぜか。
自民はずっと政権を担ってきており、政権担当能力があるとみられている。つまり、自民は安心できるブランドがあると多くの国民は考えている。一方、2009年に一度、国民は民主党(民進党を経て現在の立憲や国民民主党に分裂)に政権を託したが、うまくいかなかった。立憲の最大の課題は外交安全保障政策だ。民主党政権当時、沖縄県の米軍普天間飛行場の移設問題で米国と摩擦を起こしただけでなく、ロシアのメドベージェフ大統領の北方領土訪問、李明博大統領の竹島(韓国名・独島)上陸、尖閣諸島をめぐる中国との対立激化など、危機的ともいえる状況に陥った。しかも、民進党になって以降、日米安全保障条約の廃棄を掲げる共産党との野党共闘を進めた。しかし、ウクライナ戦争の勃発によって、日本国民は安全保障問題に一層敏感になっており、日米同盟強化への支持が明らかに強まっている。立憲への政権交代が見えてくれば、2015年に成立した安保法制をどうするかをはじめ、その安全保障政策への不安感が国民の間で高まるはずだ
--2012年に自民が政権を奪還してから12年がたつが、立憲は政権当時の総括を未だにできていないようだ。
政権から転落した後、民主は党内対立を恐れて総括できなかった。そのため、民主党政権のどの政策が正しく、どの政策が間違っていたのかという整理がなされず、安倍晋三元首相がしきりに口にした「悪夢の民主党政権」というイメージを払拭できなかった。政策に加えて重要なのは、民主党政権が社民党の連立離脱によって行きづまったことの総括だ。立憲が本気で政権を目指すのであれば、安全保障などで現実的な政策を打ち出すことに加え、安定した連立の枠組みを提示することが不可欠だ。
--9月に自民党総裁選がある。その前に岸田氏は解散をして総選挙で勝利し、総裁選での再選を狙っていたようだが。
今すぐ「岸田おろし」が起きないのは、遅くとも9月には総裁選があるのと、それに向けて「出る杭」になりたくないからだ。岸田氏は衆議院の解散はおろか、総裁選への出馬も難しくなってきた。自民党内や連立を組む公明党からも「岸田氏のままでは選挙は戦えない」と考えられている状態だ。現職の首相が自民党総裁選で負けたのは福田赳夫氏のみで、岸田氏は結局、名誉ある撤退を選ぶのではないか。総裁選に向けた動きが出てくるのは、6月末に予定される通常国会閉会後になると思う。衆議院議員の任期満了が近づくなか、「選挙の顔」になり得る総裁を選ぶことが至上命題となる
--ほとんどの派閥が解散した状態で迎える総裁選。どんな候補者が出てくるか。
2001年に総裁に選ばれた小泉純一郎氏のように、「古い自民党をぶっ壊す」と叫ぶような人が出てくる可能性もないわけではないが、総裁選は決選投票になれば国会議員票のウェイトが大きくなるので、それほど破壊的な人物は選ばれないのではないか。今のところ、上川陽子外相や石破茂元自民党幹事長が有力候補ではないかと思う。上川氏なら初の女性総理になるし、石破氏の場合は安倍氏に異を唱え続けた「脱安倍政治」というストーリーがある。両氏とも総裁になれば相当なインパクトがあり、時を置かずして衆議院解散に踏み切れば、自民、公明両党で過半数を維持する可能性は低くない
--韓国との政治制度や風土の違いは。
日本は議院内閣制だが、韓国は大統領制で、政治制度が大きく異なる。また、韓国では、今もある程度、支持政党に地域差があり、与野党がそれなりに均衡している面があると思うが、日本は全国的にほぼ自民一強だ。例えば全国の都道府県議会での自民の割合は2023年12月現在、約49%を占めているのに対して、立民は約9%に過ぎない。この差は大きい
中北浩爾 中央大法学部教授
1968年生まれ。東京大法学部卒。法学博士。専門は現代日本政治論など。著書に「自民党―『一強』の実像」「自公政権とは何か―『連立』にみる強さの正体」「日本共産党―『革命』を夢見た100年」など。
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