大田(テジョン)東洋拓殖株式会社を文化空間ヘレディウムに復元した現在の姿 [写真 シーエヌシティーマウムエナジー財団]
東拓を文化空間に再誕生させたシーエヌシティーマウム(=心)エナジー財団のファン・インギュ理事長は、検察官として24年間勤務した後に企業家になった独特な履歴の持ち主だ。検察官時代に画家パク・スグン氏、イ・ジュンソブ氏の偽作事件を捜査したのをきっかけに芸術に関心を持つようになったという。とはいえ、なぜ、つらい歴史現場の東拓を選択して文化空間にしたのだろうか。
--なぜ東拓の建物を復元したのか。
「大田は日帝強占期に鉄道が敷設され、新都市として発展したところだ。韓国戦争(朝鮮戦争)などを経て近現代な建築物が数多く消失したが、大田の東拓の建物は幸い保存されていた。歴史的な空間であるだけに公共の目的を持つ空間として使用されるのがよいと考えた」
--日帝の残滓は撤去すべきだという見方もある。
「最初は少しためらった。つらい過去を持つところだからだ。しかし子孫にどう残すかを考えた。100年後にも子孫がここをつらい過去の空間としてのみ見るだろうか。大田の東拓は1922年に建てられ、100年を超える歴史を持つ空間だ。このうち日本人が使用した時間は1945年の光復(解放)当時までの23年間ほどだ。もう我々は強い国になった。過去の痛みは忘れないが、傷ばかりに執着せず発展の動力とすることが重要ではないだろうか」
--復元の過程はどうだったのか。
「建物を買収し、専門家と話し合って復元するまで5年以上かかった。2004年に文化財に指定されたところであり、開発関連許可も考慮しなければならなかった。何よりも難しいのは過去の資料を集めることだった。この建物を建てた会社が日本にあり、設計図を要請したが、関東大震災の時になくなったと言われて得られなかった。それでも運よくこの建物がタイル店として使用され、柱などのタイルを剥がすと、一部は本来の姿が残っていた。屋根天井もガラス窓も100年前の姿そのままだ」
--文化空間に変えた理由は。
「大田は科学の都市としてよく知られている。科学と芸術は一つの根だと考える。共通して新しいものを作って発見することを追求する。美術館から若い人たちがインスピレーションを受け、新しい質問を投じることができればよいと考えた」
--ヘレディウムを通じて観覧客に伝えたいメッセージは。
「アパートの坪数やどの町に暮らしているかが生活の尺度になれば憂うつになる。比較文化が生活を疲れさせる。考えを育てる空間に頻繁に接すればよい。美術館を頻繁に訪れ、家の中に小さな花壇を整えればよい。本質を見つけて生活の質を高める。文化を通じて韓国も十分に成熟した社会に進むことができると考える」
ヘレディウムでは3日から日本出身の現代美術作イケムラレイコの国内初展示会が開かれている。8月まで開かれる「水平線にある光(Light on the Horizon)」展だ。絵画や彫刻などイケムラレイコの過去10年間の作品およそ30点が紹介されている。ファン理事長は「日本と関係がある痛みのある空間で日本の作家の展示会を開くことがどういう意味として近づくか悩んだりしたが、過去を抱えるものの執着せず未来に進む動力とすることを望む」と語った。
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