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25日(現地時間)、AFPなどによると、イタリア中部都市ラクイラ市のピエルルイージ・ビオンディ市長はこの日声明を通じてデナーロ氏が同市のある病院でがん治療を受けている間に病状が悪化して死亡したと明らかにした。
デナーロ氏は映画『ゴッドファーザー』で描写されたシチリアのマフィア組織「コーザ・ノストラ」の実際のボスで1993年6月に逃避生活を始めた後も組織を引っ張ってきた。イタリアメディアからは「最後のゴッドファーザー」と呼ばれることもあった。
デナーロ氏は1992年マフィアの取り締まりを主導した検事・判事の殺害をはじめ、1993年10人の命を奪ったミラノ・ローマ・フィレンツェ爆弾テロ、同年に起きた警察協力組織員の12歳息子拉致殺害など数十件の殺人事件の背後に指定されて指名手配されていた。
少なくとも50人を殺害していることが分かっているデナーロ氏は「私が殺した死体だけ集めても共同墓地一つは作ることができる」と豪語していたこともある。デナーロ氏は2002年の裁判で終身刑を言い渡され、今年1月シチリア島の首都パレルモで捕まり終身刑が確定していた。
当局の捜査結果、デナーロ氏は故郷であり指名手配前の活動拠点だったシチリア西部都市トラーパニ一帯から大きく出ることもなく当局の追跡を締め出してきたことが明らかになった。
また、逃避生活中も有名高級ブランド品の服と靴を身につける華やかな生活をしてきた。逮捕される当時も羊の革コートと3万5000ユーロ(約550万円)相当の腕時計を着用していた。
デナーロ氏は大腸がんで昨年パレルモのある私立病院で仮名で手術受けて通院治療をしていたが、関連の機密情報を入手した捜査官に病院の前で捕まって30年間の逃亡生活に終止符を打った。
デナーロ氏は逮捕後、当局にどのような情報も与えず沈黙を守り、自身がコーザ・ノストラの一員である事実も否定した。デナーロ氏はイタリアで最もセキュリティー水準が高いラクイラ刑務所で収監生活を送りながらがん治療を受けていたが、状態が悪化したため先月病院に移された。
22日、彼が脳死状態に陥ると医療スタッフは栄養供給を中断した。イタリアANSA通信など現地メディアはデナーロ氏は生前に心肺蘇生術など積極的な治療をしないよう要請していたと伝えた。
ビオンディ市長は声明で、デナーロ氏の死によって「暴力と血の物語は終わった」とし「良心の呵責も懺悔もなかった存在の、そして我が国近現代史の痛恨の章の締め括りの言葉」と述べた。
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