フェルディナント・ハプスブルク=ロートリンゲン。オーストリア=ハンガリー帝国を統治した王朝の子孫でありカーレーサーだ。[インスタグラム キャプチャー]
彼の曽祖父は廃位と追放の後34歳で生活苦に陥り病死したが、子孫はハンガリーに残って刻苦の末に安定的な生活を続けてきた。彼の祖父は皇太子として育ったが平民の生活に適応した。その孫であるフェルディナントは5日、ニューヨーク・タイムズに「時々曽祖父の宮殿に遊びに行くが、もし私たちが依然として王権を維持していたならば私が使っていただろう部屋も見る」と話した。しかし彼は多少意地悪にこのように付け加えたという。「部屋のインテリアは本当に気に入らない。私が部屋の主人ならばもっと格好良く整えたはずなのに」。王宮に入場するため彼も他の観光客と同じく22ドルの入場料を支払う。
他の王家の子孫とは違い、彼はチャールズ3世の戴冠式に招待されなかった。同紙は「(聖公会に方向を変えた)英国王室と正統カトリックであるオーストリア=ハンガリー王室は過去にも関係が良くなかったため招待されなかった」という王室歴史専門家の話を引用した。同紙はしかし、彼は英国王室が享受できずにいる強い力を持っていると書いた。自由という力だ。
フェルディナントが頭にかぶったのは王冠の代わりにヘルメットだ。彼の名前を検索すれば王朝の説明の代わりにカーレーサーとしての彼の華麗な経歴と受賞関連ニュースがあふれる。カーレースにも多様な種目があるが、彼は長距離専門の選手になる道を選んだという。ニューヨーク・タイムズによると短くても4時間、長ければ24時間にわたりハンドルを握って走らなければならないという。彼が所属するフォーミュラーワン(F1)のチーム名はWRT。チームメイトは同紙に「王朝が幕を下ろし私としては大いなる幸甚。そうでなければフェルディナントのように傑出した才能を持つレーサーが王室で静かに座っていていなければならなかったのだから」と話した。
彼が初めてレーサーの夢を育てたのは7歳ごろだと同紙は伝えた。彼は同紙に「おもちゃの車に乗った瞬間とても楽しくて乳母に駄々をこねて毎日乗せてほしいといった。レーシングが与えてくれる自由に中毒になった」と話した。フランスのル・マン・シリーズなど有名な大会で入賞した彼には複数のスポンサーも付く。彼は「これ以上母にねだらなくてもいい」と冗談を言った。彼は妹とともにドナウ川に近いマンションに住んでいるという。
彼は同紙に「私の家族の歴史に自負心を持っているが、私の人生と家族の人生は違う。王族の一員として生きるということも興味深かったが、私には私だけの人生がある」と話した。
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