#1 WBC韓日戦と強制徴用解決策の共通点3つ。
第一に、明らかになった結果はコールド負けに近かった。実力差があった。日本はホーム・ゲーム中、終始動揺がなかった。
試合前、韓国選手が「投げるところがなければ(大谷選手の)痛くないところにぶつけないと」と弱気、焦りを見せた瞬間、ゲームは終わったも同然だった。
強制徴用の交渉もそうだった。
相手は熟成させた刺身を食べる日本だが、韓国は活魚の刺身を食べようと急いだ。「交渉期限」を内部的に釘を刺した瞬間、ゲームは大きく傾いた。
第二に、最後まで最善を尽くさなかった。選手たちの体は重く、最後まで走ろうともしなかった。
交渉もそうだった。局長級に数回の次官・長官級会談で終えた。土壇場での特使もいなかった。
これが何を意味するのか、日本が見逃すはずがなかった。
最後は結果に対する評価。
野球専門家や外交専門家らは「仕方なかった」「大乗的決断」と言う。
しかし、一般国民は「史上最大の惨敗」「誤った交渉」(59%、肯定的評価は35%)と言う。微妙な乖離だ。
尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領も、李強チョル(イ・ガンチョル)監督も「結果に対するすべての責任は私が負う」と言う。しかし、何をどうやって負うのかという話はない。
#2 外交の格言に「外交とは『51対49』の結果を作り、皆自分が(49ではなく)51だと思わせること」というものがある。
交渉に参加する誰もが自分の方が少し勝ったと思わせるのが最善の交渉だという話だ。
2015年12月の慰安婦合意直後、柳明桓(ユ・ミョンファン)元外交部長官は「我々が51対49で勝った」と述べた。だとすれば、それはうまくいった交渉だった。
今回も同じ質問をした。柳元長官の答えは意外だった。
「今回はそもそも、そのような点数が成立しない」と言った。
請求権協定で強制徴用問題は終わったという韓国政府の立場を文在寅(ムン・ジェイン)政府の時期に韓国司法部が覆したのに、ろくに交渉ができたと思うのかという説明だ。一理ある話だ。
ただ、だとしても、我々が得たものが51にはならないというのも客観的な事実ではないだろうか。認めるべきことは認めよう。
だから、我々がこの問題を主導したとか、政治的勝利を収めたとか、国連もEUも我々の決定を歓迎したとかいう「オーバー」な発言はしないでほしい。
大変な決定ではあっただろうが、当初意図した結果でもなかったのではないか。
濡れた肌着を着ているような、すっきりしない気持ちを我慢している犠牲者、国民も多い。今は無条件に低姿勢で臨み、謙虚な姿勢を見せる時だ。
#3 尹錫悦大統領が明日、日本を訪れる。皆が日本の「誠意ある追加措置」に注目している。
岸田首相が直接「お詫び」という単語を使うか、韓日財界が設ける未来基金に被告企業の三菱重工業、日本製鉄が直接参加するかが関心事だ。
しかし、私はそれにあまり執着する必要はないと思う。
当初から「コップの半分」が日本の善意によって追加で満たされるとは思っていなかったし、未来基金を作っても強制徴用被害者の心が癒されることもない。
良くても嫌でも、勝ったとしても負けたとしても、すでに交渉は終わった。「分け前」が欲しいと駄々をこねるように見せる必要はない。惨めになるだけだ。
重要なのは、苦労して作ったこの状況を壊さないようにすることだ。その方がはるかに現実的だ。
2015年12月の慰安婦合意直後も日本の岸田外相(当時)は「失ったものは10億円だけ」と述べた。
さらに安倍首相は、「(韓国に対する追加措置を)毛頭考えていない」と述べ、怒りを買った。
そのような顔を赤くして憤るようなことが再現されないように、尹大統領は岸田首相にしっかりと釘を打たなければならない。
尹大統領の訪日2日前の14日、東京は桜が開花した。こんなに早く咲くのは1953年以来初めてだという。
韓日もどうか過去から未来に重心を移す、新たな花の種を植える転換点になることを期待する。
「我々は過去から学ばなければならないが、時には過去は過ぎ去るように放っておかなければならない」。
ヘリテージ財団の創設者エドウィン・フルナー氏が数年前に話してくれた言葉だ。この頃、とみにこの言葉が心に響く。
金玄基(キム・ヒョンギ)/巡回特派員兼東京総局長
第一に、明らかになった結果はコールド負けに近かった。実力差があった。日本はホーム・ゲーム中、終始動揺がなかった。
試合前、韓国選手が「投げるところがなければ(大谷選手の)痛くないところにぶつけないと」と弱気、焦りを見せた瞬間、ゲームは終わったも同然だった。
強制徴用の交渉もそうだった。
相手は熟成させた刺身を食べる日本だが、韓国は活魚の刺身を食べようと急いだ。「交渉期限」を内部的に釘を刺した瞬間、ゲームは大きく傾いた。
第二に、最後まで最善を尽くさなかった。選手たちの体は重く、最後まで走ろうともしなかった。
交渉もそうだった。局長級に数回の次官・長官級会談で終えた。土壇場での特使もいなかった。
これが何を意味するのか、日本が見逃すはずがなかった。
最後は結果に対する評価。
野球専門家や外交専門家らは「仕方なかった」「大乗的決断」と言う。
しかし、一般国民は「史上最大の惨敗」「誤った交渉」(59%、肯定的評価は35%)と言う。微妙な乖離だ。
尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領も、李強チョル(イ・ガンチョル)監督も「結果に対するすべての責任は私が負う」と言う。しかし、何をどうやって負うのかという話はない。
#2 外交の格言に「外交とは『51対49』の結果を作り、皆自分が(49ではなく)51だと思わせること」というものがある。
交渉に参加する誰もが自分の方が少し勝ったと思わせるのが最善の交渉だという話だ。
2015年12月の慰安婦合意直後、柳明桓(ユ・ミョンファン)元外交部長官は「我々が51対49で勝った」と述べた。だとすれば、それはうまくいった交渉だった。
今回も同じ質問をした。柳元長官の答えは意外だった。
「今回はそもそも、そのような点数が成立しない」と言った。
請求権協定で強制徴用問題は終わったという韓国政府の立場を文在寅(ムン・ジェイン)政府の時期に韓国司法部が覆したのに、ろくに交渉ができたと思うのかという説明だ。一理ある話だ。
ただ、だとしても、我々が得たものが51にはならないというのも客観的な事実ではないだろうか。認めるべきことは認めよう。
だから、我々がこの問題を主導したとか、政治的勝利を収めたとか、国連もEUも我々の決定を歓迎したとかいう「オーバー」な発言はしないでほしい。
大変な決定ではあっただろうが、当初意図した結果でもなかったのではないか。
濡れた肌着を着ているような、すっきりしない気持ちを我慢している犠牲者、国民も多い。今は無条件に低姿勢で臨み、謙虚な姿勢を見せる時だ。
#3 尹錫悦大統領が明日、日本を訪れる。皆が日本の「誠意ある追加措置」に注目している。
岸田首相が直接「お詫び」という単語を使うか、韓日財界が設ける未来基金に被告企業の三菱重工業、日本製鉄が直接参加するかが関心事だ。
しかし、私はそれにあまり執着する必要はないと思う。
当初から「コップの半分」が日本の善意によって追加で満たされるとは思っていなかったし、未来基金を作っても強制徴用被害者の心が癒されることもない。
良くても嫌でも、勝ったとしても負けたとしても、すでに交渉は終わった。「分け前」が欲しいと駄々をこねるように見せる必要はない。惨めになるだけだ。
重要なのは、苦労して作ったこの状況を壊さないようにすることだ。その方がはるかに現実的だ。
2015年12月の慰安婦合意直後も日本の岸田外相(当時)は「失ったものは10億円だけ」と述べた。
さらに安倍首相は、「(韓国に対する追加措置を)毛頭考えていない」と述べ、怒りを買った。
そのような顔を赤くして憤るようなことが再現されないように、尹大統領は岸田首相にしっかりと釘を打たなければならない。
尹大統領の訪日2日前の14日、東京は桜が開花した。こんなに早く咲くのは1953年以来初めてだという。
韓日もどうか過去から未来に重心を移す、新たな花の種を植える転換点になることを期待する。
「我々は過去から学ばなければならないが、時には過去は過ぎ去るように放っておかなければならない」。
ヘリテージ財団の創設者エドウィン・フルナー氏が数年前に話してくれた言葉だ。この頃、とみにこの言葉が心に響く。
金玄基(キム・ヒョンギ)/巡回特派員兼東京総局長
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