中国が展示した韓国史の年代表(左)から高句麗と渤海が抜けている。古朝鮮の建国時期も表記しなかった。半面、韓国国立中央博物館(右)が提供した年代表には古朝鮮、高句麗、渤海建国時期がすべて含まれている。 [写真=国立中央博物館]
韓国の国立中央博物館は遺物と共に高句麗と渤海が含まれた年表を提供したが、中国はこの部分を任意に削除した韓国古代史年表を展示した。相手国が提供した資料を中国側が勝手に修正したという点でこれは明白な国際規範違反だ。ただ、韓国国立中央博物館も事件を予防できなかった責任を免れない。中国の歴史歪曲は昨日今日のことでない。いくら新型コロナパンデミック状況であっても、国立中央博物館は在中韓国大使館を通して緻密に現場を点検しておくべきだった。中国が国際規範を守ると信じたようだが、中国は国際的信義に破って高句麗史と渤海史を中国史に編入しようという意図で今回の問題を起こしたとみられる。
今回の事件に接して、中国が2002~2007年に推進した「東北工程」を思い出した人は多いだろう。東北工程の理論的土台は「統一的多民族国家論」だ。中国は1949年10月の政府樹立と同時に多くの少数民族を編入した。中原王朝だけを中国史に設定する従来の華夷論に従えば、多くの少数民族の歴史を独立歴史として扱わなければならなかった。このため中国は現在の中国領土を基準に中国史の範疇を設定する「統一的多民族国家論」を考案した後、無数の少数民族の歴史を中国史に編入した。
ただ、中国は1980年代までは中朝関係を考慮して高句麗史を朝鮮史(韓国史)と認めた。ところが1990年代に北朝鮮が体制危機を迎えると、高句麗史にも統一的多民族国家論を適用して中国史に編入する東北工程を進めた。この時、中国は政府の支援の下、高句麗史関連研究所を次々と設置して専門家を養成し、研究基盤を固めた。中国が統一的多民族国家論を放棄しない限り、高句麗史歪曲をやめる可能性はほとんどないようだ。
では、韓国の状況はどうか。2003年に東北工程が伝えられると中国の歴史歪曲が国民的な関心事に浮上し、教育部は2004年初めに高句麗研究財団(2006年現東北アジア歴史財団に統合)を設立して対応した。同年8月、韓中両国の外交部は5項目の口頭合意を発表した。ところが韓中の外交摩擦が落ちつくと社会的関心が低下し、政府の支援も大幅に縮小された。
高句麗研究財団で6、7人いた高句麗専攻者が今では東北アジア歴史財団に2人だけ残っているという。過去10年間に財団の予算は30%ほど削減されたため、研究員が退職しても補充するのが難しかったのだろう。韓国側の対応力量がこの程度なら、いつでも再発の可能性がある中国の歴史挑発に対応できない。与党であれ巨大野党であれ定期国会で財団予算を原状復旧し、財団は研究人材を補充し、対応力量を十分に備える必要がある。
この際、国立中央博物館と文化財庁は国立高句麗博物館を建設することを提案する。峨嵯山(アチャサン)一帯や臨津江(イムジンガン)流域の高句麗遺跡をうまく活用すれば、野外展示館まで備えた博物館を建設できる。情報技術(IT)を活用すれば北朝鮮と中国の高句麗遺跡もデジタル映像で展示可能だ。国立高句麗博物館は世界に向かって高句麗史が韓国史であることを堂々と知らせる発信源となる。
東北アジア歴史財団と外交部・教育部は中国の動向を注視し、学界・言論界と協力して有機的な対応体系を構築しなければいけない。今回の事件も国立中央博物館と外交部が緊密に協力していれば予防できたはずだ。中国側には国際社会の責任ある一員らしく行動するよう厳重に伝える必要がある。習近平主席の言葉を引用し、今回の展示会の開幕辞にある「平等と互恵の外交姿勢」を中国がしっかりと守ることを望む。その出発点は相手国の歴史を尊重することだ。
ヨ・ホギュ/韓国外大史学科教授
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