「打ち上げの1週間前から毎晩のように発射台でエンジンが爆発する夢を見る。2018年の試験打ち上げの時も、昨年10月の最初の打ち上げの時もそうだった。今度は成功への思いのためか、21日の打ち上げ2日前に爆発する夢を見たのがすべてだった」。
タンクのような印象を与える一人の男性の胸中は繊細だった。その間の悲壮感を帯びた顔から少年のような笑みが浮かんだ。韓国型ロケット(KSLV-2)「ヌリ号」の核心、液体燃料ロケットの開発の責任を担ってきた韓国航空宇宙研究院(航宇研)のハン・ヨンミン・エンジン開発部長(54)。ヌリ号打ち上げ成功の3日後の先月24日、大田(テジョン)航空宇宙研究院で会った彼の顔には、その日の興奮の余韻が残っていた。2000年に推力13トンの航宇研初の液体科学ロケットKSR-3をはじめ、ロケットエンジンの開発に没頭して22年の歳月が過ぎた。ハン部長に会ったところは航宇研「動特性実験室」。75トンロケットエンジン4つを束ねたクラスタリング状態でそれぞれのエンジン燃焼機を動かすジムバリング(Gimbaling)を実験するところだ。数回の燃焼試験を経て黒くなった高さ2.9メートルの巨大なエンジンの束が見えた。
--打ち上げに成功した感想は。
「本当にうれしかった。1、2段目が上がる時、羅老(ナロ)宇宙センター発射指揮センター(MDC)内は緊張感のために静まり返っていた。打ち上げから879秒後に高度700キロで3段目のエンジンが停止して性能検証衛星を分離した瞬間、私を含めてあちこちから歓声が上がった。お互い抱き合い、拍手して、涙を流したりした。私も知らなかったが、録画の場面を見ると同僚に手でハートを大きく描く場面もあった。後に妻から『私には一度もしたことがないのに、どうすれば職場の人にそんなことができるのか』と責められた。家族には申し訳ない話だが、本当に私の人生で最もうれしかった日ではないかと思う」
--もともと打ち上げは15日だった。2回の延期当時はどういう心情だったのか。
「最初の打ち上げ予定日の15日は風がとても強く、やむを得ず延期したので淡々としていた。翌朝、曇った天気の中で組み立て棟からまたヌリ号を取り出したが、日光がちょうどそこだけを照らした。いい感じがした。それで『今日はうまくいくのでは』と期待していたが、ロケットを立てて電気的信号を点検したところ、センサーエラーの信号があった。1段目の酸化剤タンクのセンサーだった。1、2段目を分離してセンサーを点検するには、梅雨が過ぎて台風もくるので2カ月間ほど経過してしまう状況だった。『センサー1つのために結局また打ち上げができなくなるのか…』と思うと残念でならなかった。翌日の会議で、センサーの問題なら1段目と2段目を分離しないまま人が入って点検、修理できるという意見が出てきた。突然、雰囲気が反転した。実際に中に入ってみると、人が十分に立つことができる空間があり、センサーを取り替えることができた。そして21日の打ち上げが最終決定した」
--最終打ち上げの前日は眠れたのか。
「羅老宇宙センターの寄宿舎が発射場の下、組み立て棟から700メートルほど離れたところにある。工学をする人がこういうことではだめだが、組み立て棟を回りしながら『神様、お母様、仏様、今回の打ち上げを無事に安全に必ず成功させてください』と祈った。私は無宗教だが、以前にカトリック教会を通ったことがあり、妻の方は仏教だ。何にでもすがりたい気持ちだった。そのためか、その日の夜はエンジンが爆発する夢も見ずに眠った」
--エンジンが爆発する夢をよく見るということか。
「2018年の試験ロケットの時も、1回目の打ち上げの時もそうだった、打ち上げの1週間ほど前から発射台でロケットのエンジンが爆発する夢を毎晩のように見ていた。今回は打ち上げの2日前に一度見ただけだった。エンジンはあまりにも高エネルギーの装置なので、液体酸素とケロシン(燃料)が会えば爆発的な反応が起こる。最初の始動点火の時が最も危険だ。この時に爆発することになれば1段目だけでなく2、3段目に入った燃料と酸化剤まで連鎖爆発し、非常に大きなダメージを負う」
--実際にエンジンが爆発したことはあるのか。
「メディアに公開されていないが実際にあった。2020年5月に2段目のエンジン高空燃焼試験をした時だった。液体酸素とケロシンが出る時すぐに点火剤を入れなければいけないが、点火剤側のフィルターがつまって点火できない状態で液体酸素とケロシンが多く出てしまった。2段目のエンジンは高度50キロ以上の高空で燃焼するため、真空チャンバーの中で試験をするが、爆発が起きてエンジンとチャンバーの設備に大きな損傷があった。幸い、開発陣は1キロほど離れていて誰も負傷しなかった。米国のスペースXも打ち上げ後に2段目が似た原因で爆発したことがある。我々としても大きな予防注射を打ったということだ」
--その他の困難はなかったのか。
「ないはずはない。その中でも外部から航宇研に向けられる不信感が本当につらかった。2018年に75トンエンジン1基を搭載した試験ロケットを打ち上げる時、我々も『これがうまく飛んでくれるだろうか』という心配が多かった。そういう状況だったため外部はなおさらだった。国内の宇宙工学科の教授も、外国でも『航宇研があのエンジンを開発して本当に飛ばすことができるのか』という疑いの視線が多かった。教授の中には『航宇研が75トンエンジン開発に成功することはあり得ない』という人もいた」
<インタビュー>「韓国型ロケット『ヌリ号』開発成功はあり得ないという声も聞いた」(2)
タンクのような印象を与える一人の男性の胸中は繊細だった。その間の悲壮感を帯びた顔から少年のような笑みが浮かんだ。韓国型ロケット(KSLV-2)「ヌリ号」の核心、液体燃料ロケットの開発の責任を担ってきた韓国航空宇宙研究院(航宇研)のハン・ヨンミン・エンジン開発部長(54)。ヌリ号打ち上げ成功の3日後の先月24日、大田(テジョン)航空宇宙研究院で会った彼の顔には、その日の興奮の余韻が残っていた。2000年に推力13トンの航宇研初の液体科学ロケットKSR-3をはじめ、ロケットエンジンの開発に没頭して22年の歳月が過ぎた。ハン部長に会ったところは航宇研「動特性実験室」。75トンロケットエンジン4つを束ねたクラスタリング状態でそれぞれのエンジン燃焼機を動かすジムバリング(Gimbaling)を実験するところだ。数回の燃焼試験を経て黒くなった高さ2.9メートルの巨大なエンジンの束が見えた。
--打ち上げに成功した感想は。
「本当にうれしかった。1、2段目が上がる時、羅老(ナロ)宇宙センター発射指揮センター(MDC)内は緊張感のために静まり返っていた。打ち上げから879秒後に高度700キロで3段目のエンジンが停止して性能検証衛星を分離した瞬間、私を含めてあちこちから歓声が上がった。お互い抱き合い、拍手して、涙を流したりした。私も知らなかったが、録画の場面を見ると同僚に手でハートを大きく描く場面もあった。後に妻から『私には一度もしたことがないのに、どうすれば職場の人にそんなことができるのか』と責められた。家族には申し訳ない話だが、本当に私の人生で最もうれしかった日ではないかと思う」
--もともと打ち上げは15日だった。2回の延期当時はどういう心情だったのか。
「最初の打ち上げ予定日の15日は風がとても強く、やむを得ず延期したので淡々としていた。翌朝、曇った天気の中で組み立て棟からまたヌリ号を取り出したが、日光がちょうどそこだけを照らした。いい感じがした。それで『今日はうまくいくのでは』と期待していたが、ロケットを立てて電気的信号を点検したところ、センサーエラーの信号があった。1段目の酸化剤タンクのセンサーだった。1、2段目を分離してセンサーを点検するには、梅雨が過ぎて台風もくるので2カ月間ほど経過してしまう状況だった。『センサー1つのために結局また打ち上げができなくなるのか…』と思うと残念でならなかった。翌日の会議で、センサーの問題なら1段目と2段目を分離しないまま人が入って点検、修理できるという意見が出てきた。突然、雰囲気が反転した。実際に中に入ってみると、人が十分に立つことができる空間があり、センサーを取り替えることができた。そして21日の打ち上げが最終決定した」
--最終打ち上げの前日は眠れたのか。
「羅老宇宙センターの寄宿舎が発射場の下、組み立て棟から700メートルほど離れたところにある。工学をする人がこういうことではだめだが、組み立て棟を回りしながら『神様、お母様、仏様、今回の打ち上げを無事に安全に必ず成功させてください』と祈った。私は無宗教だが、以前にカトリック教会を通ったことがあり、妻の方は仏教だ。何にでもすがりたい気持ちだった。そのためか、その日の夜はエンジンが爆発する夢も見ずに眠った」
--エンジンが爆発する夢をよく見るということか。
「2018年の試験ロケットの時も、1回目の打ち上げの時もそうだった、打ち上げの1週間ほど前から発射台でロケットのエンジンが爆発する夢を毎晩のように見ていた。今回は打ち上げの2日前に一度見ただけだった。エンジンはあまりにも高エネルギーの装置なので、液体酸素とケロシン(燃料)が会えば爆発的な反応が起こる。最初の始動点火の時が最も危険だ。この時に爆発することになれば1段目だけでなく2、3段目に入った燃料と酸化剤まで連鎖爆発し、非常に大きなダメージを負う」
--実際にエンジンが爆発したことはあるのか。
「メディアに公開されていないが実際にあった。2020年5月に2段目のエンジン高空燃焼試験をした時だった。液体酸素とケロシンが出る時すぐに点火剤を入れなければいけないが、点火剤側のフィルターがつまって点火できない状態で液体酸素とケロシンが多く出てしまった。2段目のエンジンは高度50キロ以上の高空で燃焼するため、真空チャンバーの中で試験をするが、爆発が起きてエンジンとチャンバーの設備に大きな損傷があった。幸い、開発陣は1キロほど離れていて誰も負傷しなかった。米国のスペースXも打ち上げ後に2段目が似た原因で爆発したことがある。我々としても大きな予防注射を打ったということだ」
--その他の困難はなかったのか。
「ないはずはない。その中でも外部から航宇研に向けられる不信感が本当につらかった。2018年に75トンエンジン1基を搭載した試験ロケットを打ち上げる時、我々も『これがうまく飛んでくれるだろうか』という心配が多かった。そういう状況だったため外部はなおさらだった。国内の宇宙工学科の教授も、外国でも『航宇研があのエンジンを開発して本当に飛ばすことができるのか』という疑いの視線が多かった。教授の中には『航宇研が75トンエンジン開発に成功することはあり得ない』という人もいた」
<インタビュー>「韓国型ロケット『ヌリ号』開発成功はあり得ないという声も聞いた」(2)
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