昨年末、韓国と中国の間に時ならぬ韓服援助論争が起こった。中国の一部メディアで韓服は中国のものであり、そのため「韓服」ではなく「漢服」と主張したのが発端となった。これに対て韓国ネットユーザーが「韓服東北工程だ」としながら反論した。端午、アリラン、キムチなどに続き韓中間元祖論争にもう一つの目録が追加されたといえる。問題は文化産業領域に広がった論争がすぐに両国の民族主義対決に飛び火してしまうところにある。
韓国と中国はともに強い民族主義国家なので、当然といえば当然のことだが、しかしこれからは韓国文化産業の海外進出過程で出てくるほかない民族主義の問題を再考してみるべきではないかと思う。そうでない場合、韓服のような元祖論争の目録は今後も増え続けるほかはないだろう。何よりも韓国と中国のように民族主義が強対強でぶつかる場合、韓流と限韓令の拮抗からも分かるように、実利的な次元だけでなく両国関係にも否定的な影響を及ぼすことになる。文化産業と民族主義を分離して接近することはできないのだろうか。韓服元祖論争を契機に考えるべき問題として避けられない。
私は韓服が「着る服」から「見る服」へ、「見る服」から「遊ぶ服」へ変化してきたと考える。そのため私たちにとって韓服は日常生活からは遠ざかった反面、史劇やドラマ等を通して見る服となり、そういったメディアの経験が再び影響を及ぼして故宮や韓屋村(ハノクマウル)で着るような遊ぶ服に変化してきた。これは韓服が伝統衣装から文化コンテンツへと機能が転換したことを意味する。したがって、最近若者の間でファッショナブルな生活韓服が流行しているのも、伝統的な意味での衣装の流れというよりは文化コンテンツの体験的消費、すなわちコスプレの一種と見なければならないということだ。
何よりも、これを韓服の変質でも逸脱でもない、自然な進化として受け入れなければならない。かえって私たちは韓服が伝統衣装から現代の遊ぶ服として再誕生したことを歓迎しなければならない。したがって韓服を見る私たちの観点を変えなければならない。以前はソル(旧正月)や秋夕(チュソク、中秋)が近づけば韓服のリボンや付け紐を結ぶ方法のようなものが新聞に掲載されたりしたが、最近はあまり目にしなくなった。今はそんなことよりも、どのようにすれば韓服に対する想像力を豊かにして競争力のある文化コンテンツ化するかに関心を傾けなければならない。したがって故宮無料の入場のための韓服ガイドラインを定めるようなことはしてはならない。若者たちにとって韓服を着ることは遊びであり、故宮はテーマパークにすぎないだけだ。韓服が「美しい私たちの服」から「面白い遊ぶ服」に進化した現実をそのまま受け入れなければならない。これを文化的厳粛主義のものさしで規制するのは間違いだ。
もちろん今は過去に黒のトゥルマギ(韓国の伝統的衣装の一つで外套)を着て先頭に立ってデモを率いた学生会「議長たち」が青瓦台(チョンワデ、大統領府)に入る時代だ。だが正反対に、若者の間で生活韓服が運動圏や着る服に置き換えられたり、「改良韓服にコンチモリ(鳥の尾のような形のヘアスタイル)」が不評の対象になっているのも否定できない事実だ。もしかしたら韓服は中国との元祖論争以前にすでに韓国内でも文化産業と民族主義が衝突する場になっていたのかもしれない。韓服も固定された実体ではなく、歴史の中で変化する文化的テキストであることを直視する必要がある。
過去、文化部庁舎が世宗路(セジョンノ)にあったとき、毎月「韓服を着る日」になれば1階案内デスクに韓服を着た女子職員が座っていた。「韓食のグローバル化」とともに「韓服のグローバル化」を叫んだりもした。だが、韓服のグローバル化という話は衣装と文化産業を混同することだ。
さらに民俗衣装とファッションも混同している。「韓服のグローバル化」と「韓服文化産業のグローバル化」と「韓国ファッションのグローバル化」は全く違う概念だ。今からでもこれを区分してそれぞれ別々にアプローチしなければならない。韓服文化産業のグローバル化は可能かもしれないが、韓服のグローバル化は可能ではなくて、韓国ファッションを世界化するにはかえって韓服を捨てるべきだという逆説に気づかなくてはならない。
グローバル化に最も成功した民俗衣装はカウボーイがはいていたジーンズだ。だが、今日のジーンズを米国の民俗衣装だと考えてはく人はいない。それはジーンズがすでにワールドファッションになったためだ。もちろん韓国ファッションのグローバル化には韓服の文化産業化が足掛かりになりえるが、そのためには民族主義からも自由にならなければならない。韓服文化戦争は元祖論争以前に韓服に対する私たちの中の固定観念との戦いだ。
チェ・ボム/デザイン評論家
韓国と中国はともに強い民族主義国家なので、当然といえば当然のことだが、しかしこれからは韓国文化産業の海外進出過程で出てくるほかない民族主義の問題を再考してみるべきではないかと思う。そうでない場合、韓服のような元祖論争の目録は今後も増え続けるほかはないだろう。何よりも韓国と中国のように民族主義が強対強でぶつかる場合、韓流と限韓令の拮抗からも分かるように、実利的な次元だけでなく両国関係にも否定的な影響を及ぼすことになる。文化産業と民族主義を分離して接近することはできないのだろうか。韓服元祖論争を契機に考えるべき問題として避けられない。
私は韓服が「着る服」から「見る服」へ、「見る服」から「遊ぶ服」へ変化してきたと考える。そのため私たちにとって韓服は日常生活からは遠ざかった反面、史劇やドラマ等を通して見る服となり、そういったメディアの経験が再び影響を及ぼして故宮や韓屋村(ハノクマウル)で着るような遊ぶ服に変化してきた。これは韓服が伝統衣装から文化コンテンツへと機能が転換したことを意味する。したがって、最近若者の間でファッショナブルな生活韓服が流行しているのも、伝統的な意味での衣装の流れというよりは文化コンテンツの体験的消費、すなわちコスプレの一種と見なければならないということだ。
何よりも、これを韓服の変質でも逸脱でもない、自然な進化として受け入れなければならない。かえって私たちは韓服が伝統衣装から現代の遊ぶ服として再誕生したことを歓迎しなければならない。したがって韓服を見る私たちの観点を変えなければならない。以前はソル(旧正月)や秋夕(チュソク、中秋)が近づけば韓服のリボンや付け紐を結ぶ方法のようなものが新聞に掲載されたりしたが、最近はあまり目にしなくなった。今はそんなことよりも、どのようにすれば韓服に対する想像力を豊かにして競争力のある文化コンテンツ化するかに関心を傾けなければならない。したがって故宮無料の入場のための韓服ガイドラインを定めるようなことはしてはならない。若者たちにとって韓服を着ることは遊びであり、故宮はテーマパークにすぎないだけだ。韓服が「美しい私たちの服」から「面白い遊ぶ服」に進化した現実をそのまま受け入れなければならない。これを文化的厳粛主義のものさしで規制するのは間違いだ。
もちろん今は過去に黒のトゥルマギ(韓国の伝統的衣装の一つで外套)を着て先頭に立ってデモを率いた学生会「議長たち」が青瓦台(チョンワデ、大統領府)に入る時代だ。だが正反対に、若者の間で生活韓服が運動圏や着る服に置き換えられたり、「改良韓服にコンチモリ(鳥の尾のような形のヘアスタイル)」が不評の対象になっているのも否定できない事実だ。もしかしたら韓服は中国との元祖論争以前にすでに韓国内でも文化産業と民族主義が衝突する場になっていたのかもしれない。韓服も固定された実体ではなく、歴史の中で変化する文化的テキストであることを直視する必要がある。
過去、文化部庁舎が世宗路(セジョンノ)にあったとき、毎月「韓服を着る日」になれば1階案内デスクに韓服を着た女子職員が座っていた。「韓食のグローバル化」とともに「韓服のグローバル化」を叫んだりもした。だが、韓服のグローバル化という話は衣装と文化産業を混同することだ。
さらに民俗衣装とファッションも混同している。「韓服のグローバル化」と「韓服文化産業のグローバル化」と「韓国ファッションのグローバル化」は全く違う概念だ。今からでもこれを区分してそれぞれ別々にアプローチしなければならない。韓服文化産業のグローバル化は可能かもしれないが、韓服のグローバル化は可能ではなくて、韓国ファッションを世界化するにはかえって韓服を捨てるべきだという逆説に気づかなくてはならない。
グローバル化に最も成功した民俗衣装はカウボーイがはいていたジーンズだ。だが、今日のジーンズを米国の民俗衣装だと考えてはく人はいない。それはジーンズがすでにワールドファッションになったためだ。もちろん韓国ファッションのグローバル化には韓服の文化産業化が足掛かりになりえるが、そのためには民族主義からも自由にならなければならない。韓服文化戦争は元祖論争以前に韓服に対する私たちの中の固定観念との戦いだ。
チェ・ボム/デザイン評論家
この記事を読んで…