10年前の今日。福島第一原子力発電所の原子炉2号機格納容器の間から高濃度放射性物質が漏れ出た。事故以降、現場に残っていた対応チームはこの日撤収した。東日本大震災が発生してから88時間が過ぎた後だ。日本公営メディアNHKは2016年に製作したドキュメンタリー「原発メルトダウン 危機の88時間」として、福島原発の最後を時間帯別に再演した。ドキュメンタリーの骨格は現場対応の責任を負っていた吉田昌郎所長の証言だ。
2011年3月11日午後3時35分。11メートルを越える津波が発電所を飲み込んだ。地下にあった非常用バッテリーと電気施設が水に浸った。電気が遮断されて原発1・2号機のすべての機能が停止した。枝野幸男官房長官が「原子炉それ自体には問題がない」と発表する瞬間にも冷却装置を失った核燃料は自ら溶け流れていた。
福島原発事故は人災だ。東京電力本社が送った電源車は渋滞で事故発生から8時間後にようやく現場に到着する。現場で手が打てる時間はあまりにも不足していた。1分1秒を争う状況で菅直人当時首相は現地視察に出た。津波が発生した翌日の12日午前6時、自衛隊ヘリコプターに乗った首相が現場に到着した。現場対応チーム事務室に設置されたスピーカーに東京電力本社関係者の声が響く。「マスクは現場で準備しなければなりません。所長に対官業務もお願いします」。吉田所長はこのように回顧した。「指示する人にお前がやってみろと言いたかった」
12日午後3時36分。原発1号機の建物外壁が内部の水素爆発で吹き飛んだ。14日午前11時1分には原発3号機で水素爆発が発生した。爆発で原発内のパイプなど各種施設は手の施しようがないほど壊れた。10年前の福島の失敗をめぐり、自然災害を考慮しなかった設計、重大事故に対する対策不足などさまざまな解釈が出ている。菅直人当時首相は、最近のインタビューで「東京電力の情報隠蔽は今でも続いている」として東京電力に責任を転嫁した。自民党執権期に製作されたドキュメンタリーには意図が多い。そのような事実を考慮しても、政治と科学が適切な距離を維持しなければならないという教訓ははっきりしている。遠くへ行かずともよい。韓国の脱原発政策も何が違おうか。
カン・ギホン/産業第1チーム記者
2011年3月11日午後3時35分。11メートルを越える津波が発電所を飲み込んだ。地下にあった非常用バッテリーと電気施設が水に浸った。電気が遮断されて原発1・2号機のすべての機能が停止した。枝野幸男官房長官が「原子炉それ自体には問題がない」と発表する瞬間にも冷却装置を失った核燃料は自ら溶け流れていた。
福島原発事故は人災だ。東京電力本社が送った電源車は渋滞で事故発生から8時間後にようやく現場に到着する。現場で手が打てる時間はあまりにも不足していた。1分1秒を争う状況で菅直人当時首相は現地視察に出た。津波が発生した翌日の12日午前6時、自衛隊ヘリコプターに乗った首相が現場に到着した。現場対応チーム事務室に設置されたスピーカーに東京電力本社関係者の声が響く。「マスクは現場で準備しなければなりません。所長に対官業務もお願いします」。吉田所長はこのように回顧した。「指示する人にお前がやってみろと言いたかった」
12日午後3時36分。原発1号機の建物外壁が内部の水素爆発で吹き飛んだ。14日午前11時1分には原発3号機で水素爆発が発生した。爆発で原発内のパイプなど各種施設は手の施しようがないほど壊れた。10年前の福島の失敗をめぐり、自然災害を考慮しなかった設計、重大事故に対する対策不足などさまざまな解釈が出ている。菅直人当時首相は、最近のインタビューで「東京電力の情報隠蔽は今でも続いている」として東京電力に責任を転嫁した。自民党執権期に製作されたドキュメンタリーには意図が多い。そのような事実を考慮しても、政治と科学が適切な距離を維持しなければならないという教訓ははっきりしている。遠くへ行かずともよい。韓国の脱原発政策も何が違おうか。
カン・ギホン/産業第1チーム記者
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