26日、李秀賢さんの20回目の追悼式が開かれた。釜山(プサン)永楽(ヨンラク)公園で挨拶をする李さんの母親・辛潤賛(シン・ユンチャン)さん。ソン・ボングン記者
今年、事故から20年を迎え、韓日民間団体は共同で追悼行事を準備した。李さんが通っていた赤門会日本語学校の新井時賛理事長は「彼が生きていたら46歳だった。どの分野に進んでも間違いなく韓日の第一人者として活躍していただろう」と話した。李さんの犠牲精神を賛えるために2002年に設立された「LSHアジア奨学会」は、今年でその恩恵を受けた学生が1000人を超える。LSH奨学会関係者は「毎月少ない額でも20年間寄付してくる日本人たちが多い」と紹介した。
毎年献花式と奨学金授与式に出席してきた李さんの母親・辛潤賛(シン・ユンチャン)さんは映像メッセージで感謝を伝えた。辛さんは「もう20年が経ったが、変わりなく暖かい愛を送ってくれた皆さんのおかげで、悲しみを越えることができた」としながら「奨学会を通じて希望と勇気を得て日本のことをさらに知るようになった」と明らかにした。
この日、李さんの故郷である釜山(プサン)でも韓日合同追悼式が開かれた。行事には辛さんら遺族と丸山浩平・駐釜山日本総領事らが出席した。
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