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「熱々の床の上でパンのように焼かれる」西洋人が驚いた「オンドル民族」=韓国

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

ソウル鍾路(チョンノ)区庁が2013年12月に購入した廃韓国式家屋を再建して21日、上村斎(紫霞門路17キル12-11)に開館した韓国式家屋文化館。オンドル(床暖房)施設を見学できるように底をガラス張りにして内部を見ることができるようにした。

「ここの人々は夜には熱々の部屋の床の上でパンのように焼かれることにとても慣れている」。旧韓末の朝鮮を訪問したスウェーデンのジャーナリスト・Andersson Grebstは『コレアコレア』という著書でこのように残した。当時、韓半島(朝鮮半島)を訪れた西洋人の目に最も焼きついたのはオンドル(床暖房)文化だった。ほぼ同じ時期英国人女性イサベラ・バード・ビショップも『朝鮮紀行』で「駄馬の乾いた大便まで燃料にする旅館の部屋はいつも過度に暖かい…私はある恐ろしい夜を部屋の戸の前に座ったまま明かしたことがあるが、その時の部屋の温度は摂氏39度だった。疲れた体を焼くが如く温めてくれるこれくらいの温度を韓国の旅人たちは非常に好む」と記した。

だが、オンドルが韓国文化を象徴するがごとく席を占めたのは比較的最近のことだ。ソウル大国史学科のソン・ギホ教授は17日、ソウル大出版文化院が主催する「著者に聞く」講演シリーズで「韓半島全域、すべての階層に普及したのは朝鮮末期」と説明した。20余年間オンドルを専門的に研究してきたソン教授は昨年、『韓国オンドルの歴史』という学術書を出版した。ソン教授によると、沃沮から始まったオンドル文化は高句麗を経て渤海で発達し、この時期に女真族など満州一帯の北方民族に広がって中国清国の皇室でも使われるようになった。

だが、朝鮮前期ですら、まだオンドルは庶民層だけで使われていた道具だった。ソン教授は「高句麗の壁画にもオンドルは登場しない。丸都山城のような遺跡にもない。また『朝鮮王朝実録』にも初期には国王が木製の寝床を使用していたという記録が残っている。支配層は使わなかったため」としながら「寝室生活をしていた貴族層はカーテンや屏風で風を防ぎ暖炉と火鉢を使っていたためオンドルが必要なかった」と話した。


ソン教授はまた「朝鮮時代の記録を見ると、両班(ヤンバン)はオンドルで寝ると身体が弱くなり骨も弱くなると感じ、病人や老人だけにオンドル部屋で生活させた」と付け加えた。反面、庶民層がオンドルを使ったのはコストパフォーマンスのためだった。ソン教授は「(燃料費が不足していた)貧しい階層には地面を暖めて部屋全体を温めるオンドルが効率的だった」と説明した。

実際に、高麗時代作られた青磁や朝鮮初期の絵を見ると2階建ての住宅が出現して次第に消えていくが、これもオンドルの影響だという。ソン教授は「オンドルは荷重負担のために2階に設置することはできない。このために朝鮮前期にはあった2階建て住宅がオンドルの普及と共に次第に消えていった」と話した。ソン教授は「1階は湿気が上がってくるため世界の多くの文明で2階建ての家が普遍的」としながら「だが、朝鮮はオンドルを2階に設置することが難しかっただけでなく、オンドルを使って湿気を防いだため2階建ての家を建てずに暮らすことができた」と付け加えた。

オンドルが朝鮮末期から広く普及したのは気候変化が影響を及ぼした。17世紀から北半球に全世界的な小氷期が始まって気温が下降し始めた。ソン教授は「朝鮮末期から寒冷期に入り、地球の温度が下がっていった。これがオンドルが全階層に広がった契機になった」と主張した。オンドルが中国南部や日本などに拡散せず韓半島と中国北部地域だけに残ったことについても、ソン教授は「気候の要因だ。日本などは韓半島と比較すると相対的に暖かかったため、むしろオンドルのように複雑な施設を作る必要はなかったのだろう」と推定した。

高い効率性を誇るオンドルだが、長所ばかりではない。朝鮮末期にオンドルが韓半島全域に普及して燃料の使用量が急増したが、これは韓半島の森林の乱伐採につながった。ソン教授は「朝鮮末期、燃料の消費量が増えると部屋のサイズを小さくしたが、山も荒廃した。旧韓末の写真を見るとソウルの山には木がない。禿山だけ残り洪水にも弱くなり、農業も衰退するしかなかった」と指摘した。1960年代から山林を回復したのは朴正熙(パク・チョンヒ)政府が主導した緑化事業が大きく貢献したこともあるが、燃料を木から煉炭に転換したことが決定的だったという。

このような短所にもかかわらず、オンドル文化は長く維持され、韓国人のアイデンティティに大きな影響を及ぼした。高麗時代には立式文化だった生活が坐式文化に変化し、食卓の代わりに膳を使い始めた。坐式に慣れると農作業も座って行うクワのような小さな農機具が発達した。ソン教授は「石ベッド、チムジルバン(銭湯サウナ)などオンドル文化は相変らず現代文明と結合して韓国人特有の文化を形成している」とし「今や韓国人は『白衣民族』でなく『オンドル民族』と呼ばなければならない」と主張した。

この日の講演は来年度に定年退職を控えたソン教授の最後の講演だ。ソン教授は今後の計画に対して「健康が許す限り3年以内に渤海史の解説書を出したい」と話した。



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