「ワニの涙」は偽りと偽善を隠喩する。エジプトのナイル川のワニが人まで食べながら死んだ人のために涙を流すという古代西洋伝説が由来だ。実際にワニは涙腺とあごのかむ動作を掌握する神経が同一で、えさを食べる時に涙を流すというから科学的根拠がない話ではなさそうだ。
先月北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長が見せた涙が話題だ。金日成(キム・イルソン)広場で真夜中に繰り広げられた労働党創建75周年行事の演説で彼は「感謝の涙なしにはいられない」として住民と軍将兵を慰労した。「ありがとう」を連発して演説を継続した金委員長はついに涙を流した。北朝鮮の最高指導者としては破格だ。
きのうの朝平壌(ピョンヤン)で発行された労働新聞はA4用紙10枚分の長い政論を載せた。「人民の声、私たちの元帥様!」という感性的な見出しが目を引いた。党創建75周年の金正恩の演説に視線を集中した政論は「真に人民に打ち明けたい心の内、真情は『ありがとうございます』の一言に尽きると言われ、こみ上げる激情に目頭を濡らされたわれわれの最高指導者金正恩同志」として感激する。広場全体が涙の海になったと雰囲気を伝えると「その激情の28分間」「永遠に記憶する瞬間」などと描写した。
北朝鮮の説明の通り、金正恩の演説はよく練られた28分のモノドラマだった。劇場国家らしい演出だった。真夜中のレーザーとネオン照明、そして群衆の歓呼が交わった。スーツ姿で登場した最高指導者は2020年1年を回顧して頭を下げ続けた。彼が9月に親書で文在寅(ムン・ジェイン)大統領に「ぞっとする年」と話したその時間だ。感謝と慰労の言葉を継続した彼は、「努力と真心が足りず、わが人民は生活上の困難を脱することができずにいる」として目頭を赤らめた。広場に集まった住民とエリート、軍将兵の視線は金正恩の目に、耳は彼の割れた声に集中した。前例のない率直さで「誤り」と「能力不足」を自ら認める最高指導者の姿に党員と住民の心は熱くなったかもしれない。その夜がそのまま更けていったとすればの話だ。
だが期待が失望に変わる時間は長くなかった。演説後半に金正恩は核と戦争抑止力をうんぬんしながら、「力がなければ、拳を振り上げても流れる涙と血を拭うしかないだろう」と当為性を主張した。その後の演説は彼の涙や申し訳ない思いとは距離があった。「われわれは強くなり、試練の中でいっそう強くなっている」という言葉には住民に無限に繰り返される苦痛と忍耐を強圧する暴政の臭いが漂った。「時間は味方」という主張は現実とかけ離れた虚言に近かった。来年1月の開催を予告した労働党第8回大会の青写真も虚しく見えるのは同じだ。ちょうど5年前の第7回大会で「輝かしい設計図」として金正恩が広げて見せた「5カ年戦略」が、「目標がはなはだ微弱で人民生活が明確に向上できない結果」(8月19日労働党第7期第6回全員会議決定書)を招いたとしながらも二番煎じしようとする。
戦車と移動式ミサイル発射台などが轟音を鳴らして広場に入った時、金正恩の涙はすでに乾いていた。珍しいおもちゃを眺めるように武器開発総責の李炳哲(イ・ビョンチョル)と総参謀長朴正天(パク・ジョンチョン)を呼び寄せ質問攻勢を続ける金正恩の頭の中に申し訳なさと涙と率直さはすでになくなっていたようだ。結末は金正恩の破顔大笑であふれたハッピーエンドだった。
1カ月以上過ぎた党創建75周年演説をいま再び取り上げるのは兆しが良くないからだ。労働新聞のきのうの政論に表れる北朝鮮の最近の実状は金正恩称賛と偶像化の狂気が感じられる。8月に金正恩が水害の実態を把握しに出かけた黄海北道銀波郡ではタイヤの痕がついた土を赤い布袋で包み家宝のように大事に保管した農民がいるという。金正恩が乗った日本製レクサスの大型スポーツ多目的車(SUV)のタイヤ痕を神聖視する雰囲気を盛り上げるものだ。金正恩が通った道を毎朝掃くおばあさんもいるという。「民心が火の玉のように燃え上がっている」と政論の筆者は壮語する。ここまでくれば「首領を神秘化するな」と指示したという金正恩の実用主義は行方不明状態だ。
金正恩のこの1カ月は寂しくて孤独だったかもしれない。先月22日に中国軍の韓国戦争(朝鮮戦争)参戦70周年参拝行事から25日間公開日程がなかったのにだれも関心を持たなかった。4月の「死亡説」のトラウマかもしれないが、国際舞台で彼の存在感は大きく落ち込んだ。国際社会のコロナ防疫連帯や米中対立をはじめとする大型の話題に北朝鮮が割り込む余地はない。トランプ大統領との意気投合で一瞬輝いた米朝関係や国際舞台のスポットライトは色あせつつある。米大統領選挙結果が事実上確定したのに平壌の国営メディアはまだ事実報道さえできていないのは北朝鮮と金正恩の悩みを代弁する。金正恩が遊説期間に自身をちんぴらと繰り返し呼んだジョー・バイデン氏と米朝関係のモメンタムをそのまま継続するのは容易ではなさそうだ。
こうした金正恩に文在寅政権の北朝鮮への求愛の声がまともに聞こえるはずはまったくない。そのため統一部長官が4日に板門店(パンムンジョム)まで駆けつけ「南と北が新しい平和の時間を再び設計しよう」と声を高めたのは空振りのキックに近い。その時間に「ラザルス」をはじめとする北朝鮮のハッカー集団は韓国とグローバル製薬会社のコンピュータ・ネットワークに入り込み新型コロナウイルスワクチン開発関連情報を奪取した。韓国に生まれていたならばスマートフォンと半導体と電気自動車を作っていただろう人材を、恥ずかしい国家的な窃盗行為に動員したのだ。
残念なことは良くなる兆しがない北朝鮮住民の暮らしだ。国連食糧農業機関(FAO)と世界食糧計画(WFP)は共同報告書で「北朝鮮の全人口の40%に当たる1010万人が食糧不足に置かれている」と指摘する。こうした現実は朝鮮時代の人口の40%ほどが奴婢だったという研究結果とオーバーラップされる。戦争の戦利品や異民族服属ではない同じ民族をこれほど多く長い間奴隷として働かせてきたのは類似事例を見つけるのが容易でないという分析も痛い。封建の追憶が生き返り「民主主義人民共和国」の看板を掲げる北朝鮮が食糧で住民の暮らしと忠誠度を天秤にかけて奴隷の人生を強要するのではないのか。
北朝鮮の最高指導者の雄弁は続く。70年以上「白いごはんに肉のスープ」を待ち望んだ純真な住民に向かって「人民が労働党の真心を信じてくれてありたい」と涙声で話す。ワニの涙ではないことを願うばかりだ。
イ・ヨンジョン/統一北朝鮮専門記者兼統一文化研究所長
先月北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長が見せた涙が話題だ。金日成(キム・イルソン)広場で真夜中に繰り広げられた労働党創建75周年行事の演説で彼は「感謝の涙なしにはいられない」として住民と軍将兵を慰労した。「ありがとう」を連発して演説を継続した金委員長はついに涙を流した。北朝鮮の最高指導者としては破格だ。
きのうの朝平壌(ピョンヤン)で発行された労働新聞はA4用紙10枚分の長い政論を載せた。「人民の声、私たちの元帥様!」という感性的な見出しが目を引いた。党創建75周年の金正恩の演説に視線を集中した政論は「真に人民に打ち明けたい心の内、真情は『ありがとうございます』の一言に尽きると言われ、こみ上げる激情に目頭を濡らされたわれわれの最高指導者金正恩同志」として感激する。広場全体が涙の海になったと雰囲気を伝えると「その激情の28分間」「永遠に記憶する瞬間」などと描写した。
北朝鮮の説明の通り、金正恩の演説はよく練られた28分のモノドラマだった。劇場国家らしい演出だった。真夜中のレーザーとネオン照明、そして群衆の歓呼が交わった。スーツ姿で登場した最高指導者は2020年1年を回顧して頭を下げ続けた。彼が9月に親書で文在寅(ムン・ジェイン)大統領に「ぞっとする年」と話したその時間だ。感謝と慰労の言葉を継続した彼は、「努力と真心が足りず、わが人民は生活上の困難を脱することができずにいる」として目頭を赤らめた。広場に集まった住民とエリート、軍将兵の視線は金正恩の目に、耳は彼の割れた声に集中した。前例のない率直さで「誤り」と「能力不足」を自ら認める最高指導者の姿に党員と住民の心は熱くなったかもしれない。その夜がそのまま更けていったとすればの話だ。
だが期待が失望に変わる時間は長くなかった。演説後半に金正恩は核と戦争抑止力をうんぬんしながら、「力がなければ、拳を振り上げても流れる涙と血を拭うしかないだろう」と当為性を主張した。その後の演説は彼の涙や申し訳ない思いとは距離があった。「われわれは強くなり、試練の中でいっそう強くなっている」という言葉には住民に無限に繰り返される苦痛と忍耐を強圧する暴政の臭いが漂った。「時間は味方」という主張は現実とかけ離れた虚言に近かった。来年1月の開催を予告した労働党第8回大会の青写真も虚しく見えるのは同じだ。ちょうど5年前の第7回大会で「輝かしい設計図」として金正恩が広げて見せた「5カ年戦略」が、「目標がはなはだ微弱で人民生活が明確に向上できない結果」(8月19日労働党第7期第6回全員会議決定書)を招いたとしながらも二番煎じしようとする。
戦車と移動式ミサイル発射台などが轟音を鳴らして広場に入った時、金正恩の涙はすでに乾いていた。珍しいおもちゃを眺めるように武器開発総責の李炳哲(イ・ビョンチョル)と総参謀長朴正天(パク・ジョンチョン)を呼び寄せ質問攻勢を続ける金正恩の頭の中に申し訳なさと涙と率直さはすでになくなっていたようだ。結末は金正恩の破顔大笑であふれたハッピーエンドだった。
1カ月以上過ぎた党創建75周年演説をいま再び取り上げるのは兆しが良くないからだ。労働新聞のきのうの政論に表れる北朝鮮の最近の実状は金正恩称賛と偶像化の狂気が感じられる。8月に金正恩が水害の実態を把握しに出かけた黄海北道銀波郡ではタイヤの痕がついた土を赤い布袋で包み家宝のように大事に保管した農民がいるという。金正恩が乗った日本製レクサスの大型スポーツ多目的車(SUV)のタイヤ痕を神聖視する雰囲気を盛り上げるものだ。金正恩が通った道を毎朝掃くおばあさんもいるという。「民心が火の玉のように燃え上がっている」と政論の筆者は壮語する。ここまでくれば「首領を神秘化するな」と指示したという金正恩の実用主義は行方不明状態だ。
金正恩のこの1カ月は寂しくて孤独だったかもしれない。先月22日に中国軍の韓国戦争(朝鮮戦争)参戦70周年参拝行事から25日間公開日程がなかったのにだれも関心を持たなかった。4月の「死亡説」のトラウマかもしれないが、国際舞台で彼の存在感は大きく落ち込んだ。国際社会のコロナ防疫連帯や米中対立をはじめとする大型の話題に北朝鮮が割り込む余地はない。トランプ大統領との意気投合で一瞬輝いた米朝関係や国際舞台のスポットライトは色あせつつある。米大統領選挙結果が事実上確定したのに平壌の国営メディアはまだ事実報道さえできていないのは北朝鮮と金正恩の悩みを代弁する。金正恩が遊説期間に自身をちんぴらと繰り返し呼んだジョー・バイデン氏と米朝関係のモメンタムをそのまま継続するのは容易ではなさそうだ。
こうした金正恩に文在寅政権の北朝鮮への求愛の声がまともに聞こえるはずはまったくない。そのため統一部長官が4日に板門店(パンムンジョム)まで駆けつけ「南と北が新しい平和の時間を再び設計しよう」と声を高めたのは空振りのキックに近い。その時間に「ラザルス」をはじめとする北朝鮮のハッカー集団は韓国とグローバル製薬会社のコンピュータ・ネットワークに入り込み新型コロナウイルスワクチン開発関連情報を奪取した。韓国に生まれていたならばスマートフォンと半導体と電気自動車を作っていただろう人材を、恥ずかしい国家的な窃盗行為に動員したのだ。
残念なことは良くなる兆しがない北朝鮮住民の暮らしだ。国連食糧農業機関(FAO)と世界食糧計画(WFP)は共同報告書で「北朝鮮の全人口の40%に当たる1010万人が食糧不足に置かれている」と指摘する。こうした現実は朝鮮時代の人口の40%ほどが奴婢だったという研究結果とオーバーラップされる。戦争の戦利品や異民族服属ではない同じ民族をこれほど多く長い間奴隷として働かせてきたのは類似事例を見つけるのが容易でないという分析も痛い。封建の追憶が生き返り「民主主義人民共和国」の看板を掲げる北朝鮮が食糧で住民の暮らしと忠誠度を天秤にかけて奴隷の人生を強要するのではないのか。
北朝鮮の最高指導者の雄弁は続く。70年以上「白いごはんに肉のスープ」を待ち望んだ純真な住民に向かって「人民が労働党の真心を信じてくれてありたい」と涙声で話す。ワニの涙ではないことを願うばかりだ。
イ・ヨンジョン/統一北朝鮮専門記者兼統一文化研究所長
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