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【コラム】30年の慰安婦運動がこのようにして終わってはいけない(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

釜山日本総領事館前に設置された慰安婦平和の少女像(写真=中央フォト)

検察捜査を受けている尹美香(ユン・ミヒャン)国会議員と議員職を辞退するよう絶叫する李容洙(イ・ヨンス)さん。血を吐くような慰安婦の歴史ほど悲しく悲劇的な場面は、寄付金横領疑惑とは別に慰安婦運動30年に根本的かつ不快な質問を投げかけている。

正義連(日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯)が国境を越えて平和女性人権運動を先導する世界的な人権団体として勢力を伸ばしている間、慰安婦被害者の被害は賠償されたのか。慰安婦運動名望家が次々と国会議員、長官、青瓦台(チョンワデ、大統領府)秘書官として出世街道を突き進む間、被害者の名誉と尊厳は回復されたのか。

あえて「被害者中心主義」を掲げずとも、人権を暴力的に蹂躪(じゅうりん)して人生を根こそぎ台無しにされた犯罪解決の中心には当事者が立って当然だ。被害に対する賠償と解冤(かいえん)を超えた慰安婦人権運動は正しくない。正義連の慰安婦運動が国民的支持の中で拡大することができたのも、被害者と活動家の確固たる結合でしこりとなった恨(ハン)が晴れるよう願う希望が切実だったためだ。

その出発はこうだった。慰安婦運動は2人の勇気ある女性によって発火した。尹貞玉(ユン・ジョンオク)元梨花(イファ)女子大学英文科教授(1925年生まれ)と故金学順(キム・ハクスン)さん(1924年生まれ)だ。尹元教授は梨花女子専門学校(梨花女子大学の前身)学生時代、旧日本軍に連行されるのが怖くて自主退学して地方に隠居した経験がある。同年代集団に対する強烈な記憶が老教授を慰安婦研究者の道に駆り立てた。10余年間、日本・台湾・ミャンマー・タイなどの地を訪れながら被害事例を調査した。自身の研究室の片隅に「韓国挺身隊研究所」を作った。正義連の前身である挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)の母胎だ。韓国女性学の祖である李效再(イ・ヒョジェ)元梨花女子大学教授、パク・スングム元韓国教会女性連合会長が力を合わせ設立した挺対協(1990年)は、金学順さんの勇気ある告発と結びついて勢いよく燃え上がり始めた。

「慰安婦活動家尹美香(ユン・ミヒャン)」の変身は今回の事態を呼んだ原因だ。尹美香氏は被害者の代理人であり助力的活動家として慰安婦運動の代表者に上り詰め、情報を独占・統制して権力化した。政府官僚は尹美香氏に目をつけられて人生を破壊されることを恐れ〔千英宇(チョン・ヨンウ)元外交安保首席)〕、被害者は裏切り者にされて不利益を被るのではないかと恐れた(慰安婦被害者証言)。
【コラム】30年の慰安婦運動がこのようにして終わってはいけない(2)

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