1970年代後半、日本が米国の反対にもかかわらず、使用済み核燃料の再処理を事実上強行したことが分かった。朝日新聞は元外交官の証言に基づき、米国は日本の再処理を防ぐために太平洋の島に使用済み核燃料の貯蔵施設を建設しようという提案までしたと16日、伝えた。
◆米国、「パルミラ環礁に貯蔵」提案
当時の外務省原子力課長で日米交渉に関与した金子熊夫氏(83)は「米国がハワイから1600キロ南側のパルミラ環礁に(日本の)使用済み核燃料を貯蔵しようと提案した」と同紙に明らかにした。
これは米国が日本の核武装をそれだけ警戒していたことを意味する。使用済み核燃料を再処理すれば核兵器に転用できるプルトニウムを確保できるからだ。このため太平洋の島に搬出し、その可能性を遮断するというのが米国の構想だった。
韓国とは違って日本は1968年の日米原子力協定締結当時、使用済み核燃料の日本国内再処理の承認を受けた。しかし74年にインドが最初の核実験を強行すると、米国の考えも変わった。核ドミノを防ぐために各国に核燃料再処理の自制を要請し始めた。
日本も例外ではなかった。77年1月に執権したカーター米大統領は2カ月後、福田赳夫首相とワシントン首脳会談で再処理計画を全面的に放棄するよう圧力を加えた。
その後、米国は使用済み核燃料を日本国内に貯蔵しないよう米国領の島に搬出することを提案したのだ。当時の状況をよく知る金子氏は「米国から国際的な貯蔵センターの建設を含む予備調査に参加するよう要求された」とし「(原発を運営する)電力会社にそのような内容を伝えた」と説明した。
79年6月に作成された米政府の文書によると、当初、米国は候補地としてパルミラ環礁をはじめ、ミッドウェー島、ウェーク島などを検討した。このうち無人島であり地質が安定的で施設建設に十分な土地があるパルミラ環礁が最適地と見なされた。
◆米国の核友邦、英・仏を通じて説得
しかし日本は米国の反対にもかかわらず、核燃料の再処理をすることにした。すでに完工した茨城県の東海村再処理施設を稼働すると同時に、核燃料再処理事業に進出したフランス、英国とも手を握った。米国を説得するために米国の核友邦を利用したのだ。
朝日新聞によると、77年9月5日に英国と協議をした当時の通商産業省(現経済産業省)代表が米国の核燃料貯蔵提案を英国側に説明する場面が出てくる。稼ぎたいのなら米国を説得してほしいという要請だった。
結局、日本はこうした迂回戦術を展開した末、米国の了解を受けて77年9月にフランスと、78年5月に英国と使用済み核燃料計3200トンの再処理委託契約を結んだ。その後、英国とフランスで再処理した後に残ったプルトニウム計37トンは該当国に保管中だ。これとは別に日本は東海村再処理施設を2006年まで運営し、1000トン以上の使用済み核燃料を再処理した。
日本は現在、青森県六ケ所村に年間処理量800トン規模の新しい再処理施設を建設している。当初は2009年に試運転をする計画だったが、安全上の問題が発生したため来年から本格的に稼働する予定だ。この再処理施設が稼働すれば、原発の稼働後に残る核燃料を再使用する、いわゆる「核燃料リサイクル」体系を完成する。
◆来年には月城原発飽和…「対応が安易」
一方、韓国の状況は停滞状態だ。米国は2015年、韓米原子力協定(有効期間20年)を改定しながらも、韓国国内の核燃料再処理を承認しなかった。パイロプロセシングなど核兵器への転用が不可能な一部の研究に対して許可しただけだ。
その間、韓国の各原発では使用済み核燃料が臨時貯蔵施設に蓄積している。来年11月に月城(ウォルソン)原発をはじめ各原発で飽和状態になっていく。現在としては貯蔵施設の増設のほかに特に解決策はないが、これも地域住民の反発などで進まない状況だ。最悪の場合、原発を停止するしかない。
政府も苦心している。12日に使用済み核燃料管理政策再検討委員会は「来月から国民の世論調査に着手する」とし「(月城原発がある)慶州(キョンジュ)などの地域でも公論化手続きを進める」と明らかにした。
しかし地域の反発のため83年以降は貯蔵施設増設問題を1件も解決できていない状況で、あまりにも安易に対応しているという批判が出ている。たとえ今回増設してもいつかはまた飽和状況を迎えるため臨時方便にすぎないという指摘もある。
多数の専門家は米国を説得して国内に再処理施設を建設することだけが現実的な代案と考えている。しかし脱原発を主張する文在寅(ムン・ジェイン)政権が米国に出す論理が不足しているという指摘が出ている。原発新・増設計画の中止や老朽原発の閉鎖に集中しながら、原発の長期運用に向けた再処理施設を要求することはできないということだ。
匿名を求めた原子力専門家は「過去に日本が米国を説得した過程で見られたように、米国に不可避論を主張するにはそれだけ両国関係が強くなければならず、現在のような韓米関係の中でこうした要求は受け入れられないだろう」と指摘した。
◆米国、「パルミラ環礁に貯蔵」提案
当時の外務省原子力課長で日米交渉に関与した金子熊夫氏(83)は「米国がハワイから1600キロ南側のパルミラ環礁に(日本の)使用済み核燃料を貯蔵しようと提案した」と同紙に明らかにした。
これは米国が日本の核武装をそれだけ警戒していたことを意味する。使用済み核燃料を再処理すれば核兵器に転用できるプルトニウムを確保できるからだ。このため太平洋の島に搬出し、その可能性を遮断するというのが米国の構想だった。
韓国とは違って日本は1968年の日米原子力協定締結当時、使用済み核燃料の日本国内再処理の承認を受けた。しかし74年にインドが最初の核実験を強行すると、米国の考えも変わった。核ドミノを防ぐために各国に核燃料再処理の自制を要請し始めた。
日本も例外ではなかった。77年1月に執権したカーター米大統領は2カ月後、福田赳夫首相とワシントン首脳会談で再処理計画を全面的に放棄するよう圧力を加えた。
その後、米国は使用済み核燃料を日本国内に貯蔵しないよう米国領の島に搬出することを提案したのだ。当時の状況をよく知る金子氏は「米国から国際的な貯蔵センターの建設を含む予備調査に参加するよう要求された」とし「(原発を運営する)電力会社にそのような内容を伝えた」と説明した。
79年6月に作成された米政府の文書によると、当初、米国は候補地としてパルミラ環礁をはじめ、ミッドウェー島、ウェーク島などを検討した。このうち無人島であり地質が安定的で施設建設に十分な土地があるパルミラ環礁が最適地と見なされた。
◆米国の核友邦、英・仏を通じて説得
しかし日本は米国の反対にもかかわらず、核燃料の再処理をすることにした。すでに完工した茨城県の東海村再処理施設を稼働すると同時に、核燃料再処理事業に進出したフランス、英国とも手を握った。米国を説得するために米国の核友邦を利用したのだ。
朝日新聞によると、77年9月5日に英国と協議をした当時の通商産業省(現経済産業省)代表が米国の核燃料貯蔵提案を英国側に説明する場面が出てくる。稼ぎたいのなら米国を説得してほしいという要請だった。
結局、日本はこうした迂回戦術を展開した末、米国の了解を受けて77年9月にフランスと、78年5月に英国と使用済み核燃料計3200トンの再処理委託契約を結んだ。その後、英国とフランスで再処理した後に残ったプルトニウム計37トンは該当国に保管中だ。これとは別に日本は東海村再処理施設を2006年まで運営し、1000トン以上の使用済み核燃料を再処理した。
日本は現在、青森県六ケ所村に年間処理量800トン規模の新しい再処理施設を建設している。当初は2009年に試運転をする計画だったが、安全上の問題が発生したため来年から本格的に稼働する予定だ。この再処理施設が稼働すれば、原発の稼働後に残る核燃料を再使用する、いわゆる「核燃料リサイクル」体系を完成する。
◆来年には月城原発飽和…「対応が安易」
一方、韓国の状況は停滞状態だ。米国は2015年、韓米原子力協定(有効期間20年)を改定しながらも、韓国国内の核燃料再処理を承認しなかった。パイロプロセシングなど核兵器への転用が不可能な一部の研究に対して許可しただけだ。
その間、韓国の各原発では使用済み核燃料が臨時貯蔵施設に蓄積している。来年11月に月城(ウォルソン)原発をはじめ各原発で飽和状態になっていく。現在としては貯蔵施設の増設のほかに特に解決策はないが、これも地域住民の反発などで進まない状況だ。最悪の場合、原発を停止するしかない。
政府も苦心している。12日に使用済み核燃料管理政策再検討委員会は「来月から国民の世論調査に着手する」とし「(月城原発がある)慶州(キョンジュ)などの地域でも公論化手続きを進める」と明らかにした。
しかし地域の反発のため83年以降は貯蔵施設増設問題を1件も解決できていない状況で、あまりにも安易に対応しているという批判が出ている。たとえ今回増設してもいつかはまた飽和状況を迎えるため臨時方便にすぎないという指摘もある。
多数の専門家は米国を説得して国内に再処理施設を建設することだけが現実的な代案と考えている。しかし脱原発を主張する文在寅(ムン・ジェイン)政権が米国に出す論理が不足しているという指摘が出ている。原発新・増設計画の中止や老朽原発の閉鎖に集中しながら、原発の長期運用に向けた再処理施設を要求することはできないということだ。
匿名を求めた原子力専門家は「過去に日本が米国を説得した過程で見られたように、米国に不可避論を主張するにはそれだけ両国関係が強くなければならず、現在のような韓米関係の中でこうした要求は受け入れられないだろう」と指摘した。
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