「平壌(ピョンヤン)市民の皆さん、同胞の皆さん。我が民族は優秀です。我が民族は強靭です。我が民族は平和を愛します」。昨年9月、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は15万人の平壌群衆が殺到した綾羅島(ヌンラド)5・1競技場で「5000年をともに生き、70年を離れ離れに生きた我が民族はともに生きなければならない」と力説した。韓半島(朝鮮半島)でこれ以上戦争はなく、新たな平和の時代が開かれたと宣言した。競技場を埋め尽くした平壌市民は雷のような拍手でこれに応えた。
振り返ってみると本当に夢のようだ。本当にそんなことがあったのかと思う。昨年初め、平昌(ピョンチャン)冬季オリンピック(五輪)から始まって板門店(パンムンジョム)、平壌、白頭山(ペクドゥサン)へと慌ただしく続いた南北首脳の和解と平和の歩みは胸が熱くるような名場面を残した。文大統領と金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長の板門店「徒歩の橋」での対話がそうで、天池を背景に手を取り合った南北首脳の白頭山同伴登頂がそうだった。いつのまにか今は色褪せた写真の中の薄い思い出になってしまった。
昔、中国楚国の人が船に乗って川を渡っていたところ誤って剣を水の中に落としてしまった。すぐに彼はその位置を船端に表示した。そうすれば後で剣を探すことができると考えた。故事成語「刻舟求剣」の由来だ。過去にこだわり、現実から目を反らす愚かさを指す言葉だ。
北朝鮮の前に立つだけで小さくなる文大統領の低姿勢の北朝鮮政策を見るたびに思い浮かぶ単語がこの「刻舟求剣」だ。脳裏と心臓に刻印された徒歩の橋と綾羅島競技場、白頭山がたびたび彼の現実感覚を鈍くさせているようだ。北朝鮮は今年に入って13回も短距離ミサイルを発射し、超大型ロケット砲などあらゆる新型武器を撃ちまくっている。だが、文大統領は一度たりとも肉声を通じて北朝鮮を咎めたことがない。「おせっかい」のせいだ、「茹でた牛頭」云々する無茶苦茶な嘲弄にも黙黙と耐えて聞くだけだった。大韓民国に亡命した脱北者を北朝鮮が要請する前に送り返したこともあった。金剛山(クムガンサン)内の南側観光施設を取り壊すという話にも、韓国政府はむしろ金剛山観光地域を元山葛麻(ウォンサン・カルマ)地区まで拡大しようと提案する。北朝鮮は南北軍事分野の合意を遠慮もなく違反しているのに、われわれは予定された韓米合同訓練すらまともにできなくなっている。
韓半島の平和と南北の共存共栄を望む文大統領の切実な希望には多くの人が共感する。北朝鮮をなだめながら、米国の表情も伺わなくてはならない難しい境遇も理解ができる。だが、世の中の事は期待や希望だけではなんともならない。冷徹な現実認識と主導的戦略がなければ言いなりになる羽目になる。大統領が夢を見ていれば起こして目覚めさせるのが参謀の役割だが、いったい何をしているのか分からない。
正恩氏がトランプ氏に算法を変えろと要求して提示した年末期限が近づきながら、韓半島に再び暗雲が集まっている。しばらく静かだった米国と北朝鮮の激しい口げんかが再演されつつある。永久廃棄を約束した東倉里(トンチャンリ)エンジン試験場で「重大な試験」をしたと言って北朝鮮はトランプ氏を圧迫している。弾劾政局の突破と再選に焦るトランプ氏は心が不安定だ。前任者と対比できる外交政治的功績として掲げた北朝鮮の大陸間弾道ミサイル(ICBM)試験発射と核実験中断措置が水泡となって消えれば、来年の大統領選挙に悪材料になりえる。それでも選挙を控えて軍事的対決局面に進むのは危険負担が大きい。どうにか正恩氏が「新たな道」に進まないようにするために固く締めつけてなだめようと気ぜわしい。
崖っぷちに立たされているのは北朝鮮も同じだ。圧迫にもかかわらず、トランプ氏が譲歩もなくこのままいけば、正恩氏としては衛星打ち上げを装った長距離ロケット発射でもICBM試験発射でも何かせざるをえなくなる。「レッドライン」を越えてしまうため、トランプ氏としても強力に対応せざるを得なくなる。国連安保理は北朝鮮追加制裁に出るだろうし、韓半島には再び戦争危機が高まるだろう。韓国と北朝鮮、そして米国ともに不幸な事態だ。
トランプ氏がワシントン時刻で夜中に文大統領に先に電話をして30分間この問題だけを議論したというのはそれだけトランプ氏が差し迫っているということだ。文大統領が立ち上がって正恩氏を少し制止してほしいと緊急信号を送った可能性もある。文大統領にもう一度機会がやってきた。
トランプ氏と正恩氏の間で「スモールディール」でも成功させて破局に向かうのを食い止めなくてはならない。米国が主張してきたオールオアナッシング式の「ビッグディール」は現段階では非現実的だ。北朝鮮の完全な非核化が最終目標という大前提の下、北朝鮮のすべての核活動中断と経済制裁の一部緩和を対等交換をする線で最初の段階ディールを成功させるなら、文大統領の仲裁者役は再び注目されることになるだろう。文大統領がその役割を果たすには、春の夢のようなおぼろげな夢からまずは目覚めなければならない。刻舟求剣の過去指向的思考では不可能だ。文大統領は金正恩執務室とつながれているホットラインから稼動しなければならない。必要なら板門店でワンポイント談判もしなければならない。冷徹な論理と強い語調で正恩氏の誤った判断にブレーキをかけなければならない。消極的態度ではこの局面を打開することはできない。危機と機会はコインの両面だ。
ペ・ミョンボク/中央日報論説委員?コラムニスト
振り返ってみると本当に夢のようだ。本当にそんなことがあったのかと思う。昨年初め、平昌(ピョンチャン)冬季オリンピック(五輪)から始まって板門店(パンムンジョム)、平壌、白頭山(ペクドゥサン)へと慌ただしく続いた南北首脳の和解と平和の歩みは胸が熱くるような名場面を残した。文大統領と金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長の板門店「徒歩の橋」での対話がそうで、天池を背景に手を取り合った南北首脳の白頭山同伴登頂がそうだった。いつのまにか今は色褪せた写真の中の薄い思い出になってしまった。
昔、中国楚国の人が船に乗って川を渡っていたところ誤って剣を水の中に落としてしまった。すぐに彼はその位置を船端に表示した。そうすれば後で剣を探すことができると考えた。故事成語「刻舟求剣」の由来だ。過去にこだわり、現実から目を反らす愚かさを指す言葉だ。
北朝鮮の前に立つだけで小さくなる文大統領の低姿勢の北朝鮮政策を見るたびに思い浮かぶ単語がこの「刻舟求剣」だ。脳裏と心臓に刻印された徒歩の橋と綾羅島競技場、白頭山がたびたび彼の現実感覚を鈍くさせているようだ。北朝鮮は今年に入って13回も短距離ミサイルを発射し、超大型ロケット砲などあらゆる新型武器を撃ちまくっている。だが、文大統領は一度たりとも肉声を通じて北朝鮮を咎めたことがない。「おせっかい」のせいだ、「茹でた牛頭」云々する無茶苦茶な嘲弄にも黙黙と耐えて聞くだけだった。大韓民国に亡命した脱北者を北朝鮮が要請する前に送り返したこともあった。金剛山(クムガンサン)内の南側観光施設を取り壊すという話にも、韓国政府はむしろ金剛山観光地域を元山葛麻(ウォンサン・カルマ)地区まで拡大しようと提案する。北朝鮮は南北軍事分野の合意を遠慮もなく違反しているのに、われわれは予定された韓米合同訓練すらまともにできなくなっている。
韓半島の平和と南北の共存共栄を望む文大統領の切実な希望には多くの人が共感する。北朝鮮をなだめながら、米国の表情も伺わなくてはならない難しい境遇も理解ができる。だが、世の中の事は期待や希望だけではなんともならない。冷徹な現実認識と主導的戦略がなければ言いなりになる羽目になる。大統領が夢を見ていれば起こして目覚めさせるのが参謀の役割だが、いったい何をしているのか分からない。
正恩氏がトランプ氏に算法を変えろと要求して提示した年末期限が近づきながら、韓半島に再び暗雲が集まっている。しばらく静かだった米国と北朝鮮の激しい口げんかが再演されつつある。永久廃棄を約束した東倉里(トンチャンリ)エンジン試験場で「重大な試験」をしたと言って北朝鮮はトランプ氏を圧迫している。弾劾政局の突破と再選に焦るトランプ氏は心が不安定だ。前任者と対比できる外交政治的功績として掲げた北朝鮮の大陸間弾道ミサイル(ICBM)試験発射と核実験中断措置が水泡となって消えれば、来年の大統領選挙に悪材料になりえる。それでも選挙を控えて軍事的対決局面に進むのは危険負担が大きい。どうにか正恩氏が「新たな道」に進まないようにするために固く締めつけてなだめようと気ぜわしい。
崖っぷちに立たされているのは北朝鮮も同じだ。圧迫にもかかわらず、トランプ氏が譲歩もなくこのままいけば、正恩氏としては衛星打ち上げを装った長距離ロケット発射でもICBM試験発射でも何かせざるをえなくなる。「レッドライン」を越えてしまうため、トランプ氏としても強力に対応せざるを得なくなる。国連安保理は北朝鮮追加制裁に出るだろうし、韓半島には再び戦争危機が高まるだろう。韓国と北朝鮮、そして米国ともに不幸な事態だ。
トランプ氏がワシントン時刻で夜中に文大統領に先に電話をして30分間この問題だけを議論したというのはそれだけトランプ氏が差し迫っているということだ。文大統領が立ち上がって正恩氏を少し制止してほしいと緊急信号を送った可能性もある。文大統領にもう一度機会がやってきた。
トランプ氏と正恩氏の間で「スモールディール」でも成功させて破局に向かうのを食い止めなくてはならない。米国が主張してきたオールオアナッシング式の「ビッグディール」は現段階では非現実的だ。北朝鮮の完全な非核化が最終目標という大前提の下、北朝鮮のすべての核活動中断と経済制裁の一部緩和を対等交換をする線で最初の段階ディールを成功させるなら、文大統領の仲裁者役は再び注目されることになるだろう。文大統領がその役割を果たすには、春の夢のようなおぼろげな夢からまずは目覚めなければならない。刻舟求剣の過去指向的思考では不可能だ。文大統領は金正恩執務室とつながれているホットラインから稼動しなければならない。必要なら板門店でワンポイント談判もしなければならない。冷徹な論理と強い語調で正恩氏の誤った判断にブレーキをかけなければならない。消極的態度ではこの局面を打開することはできない。危機と機会はコインの両面だ。
ペ・ミョンボク/中央日報論説委員?コラムニスト
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