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【時論】三・一独立運動100周年…タプコル公園の歴史性を蘇らせよう=韓国(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

タプコル公園

ソウルの中心にあるタプコル公園は塔が重要とみられている公園だが、塔の価値以上の場所だ。高麗(コリョ)時代に建てられた興福寺(フンボクサ)は儒教国家の朝鮮で一般の予想とは別に健在だった。世祖(セジョ)時代に円覚寺(ウォンガクサ)へと名前を変えて周辺200戸余りの民家を立ち退かせて改築するほどの大伽藍を形成した。

現存する円覚寺址十層石塔(国宝第2号)と大円覚寺碑(宝物第3号)の精巧で華やかな佇まいは円覚寺の地位を今に忍ばせる。燕山君(ヨンサングン)時代に閉鎖された後、円覚寺は漢陽(ハンヤン)都城から消えたが、その名前は1908年に誕生した最初の近代式劇場の名前に使われたこともある。

今日、タプコル公園は市民に完全に忘れられたといっても過言ではない。筆者が今日の大韓民国を産んだ歴史的事件を一つ挙げるなら、それはタプコル公園から始まった1919年三・一万歳運動だ。万歳運動を契機に大韓民国臨時政府が誕生した。大韓民国は大韓民国臨時政府の法の正統を継承している。それでも三・一万歳運動がますます遠ざかるような気がするのは歴史教育が特定の目的に向かって傾倒したためだ。


私たちが学んだ近代史は一時国を失いはしたものの、ただの小国ではなかったことを伝えつつ為政者の弱点を覆おうとする意志が反映された歴史だった。道具化された近代史は、多くの部分を外国の研究に依存し、これによって韓国近代史は植民史観から抜け出すことができなかった。万歳運動は日帝の侵略に屈しなかった抵抗の証拠と暗記されてきただけで、万歳運動の根の部分と精神が解放と民主化、そして今日の私たちの存在理由にまではつながってこなかった。

タプコル公園が重要なのは公園だったからではない。世界列強の角逐の渦中で、主権を守るために先進制度を受け入れて孤軍奮闘して近代国家の道に進もうと考えた大韓帝国の意志が投影された場所だからだ。



【時論】三・一独立運動100周年…タプコル公園の歴史性を蘇らせよう=韓国(2)


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