2002年ソルトレーク冬季オリンピック(五輪)、2004年アテネ夏季五輪、2006年トリノ冬季五輪、2008年北京夏季五輪、2010年バンクーバー冬季五輪、2012年ロンドン夏季五輪、2014年ソチ冬季五輪、2016年リオデジャネイロ夏季五輪、2018年平昌(ピョンチャン)冬季五輪。
米国コロラド州デンバーに住むメリット・ホッパー(Merritt Hopper)さん(44)がこれまで観戦した五輪大会のリストだ。今月18日江陵(カンヌン)に到着したホッパーさんは「いつのまにか16年間で9回のオリンピックに行った。私一人で始めたオリンピックツアーがこれほどの規模になるなんて思いもよらなかった」とした。ホッパーさんは平昌五輪に22人の友人たちと共にやってきた。
軽い気持ちでのスタートだった。旅行が趣味のホッパーさんは2002年、米国ユタ州のソルトレークシティーでオリンピックが開かれると聞いて「近いし一度行ってみよう」と決心した。ホッパーさんは砂漠やジャングルなどを旅行する旅行会社「レース2アドベンチャー」(race2adventure.com)を運営するほどの大の旅好きだ。
その2年後、ギリシャ・アテネでオリンピックが開かれるというニュースを聞いたホッパーさんの父親が「2年前にオリンピックに行った経験を活かして私のオリンピック旅行のガイドをしてほしい」と求めた。ホッパーさんは父親と友人2人を連れてギリシャ行きの飛行機に乗った。アテネでオリンピック観覧写真を見た別の友人が「次のオリンピックツアーには私も入れて」と声をかけてきた。
その時からホッパーさんの本格的なオリンピックツアーが始まった。このツアーはオリンピック期間中に1週間現地に滞在して各自見たい試合を見るというもの。飛行機費用、宿泊費、競技チケットなど総経費は約500万ウォン(約50万円)程度だ。ホッパーさんは「オリンピックが終わった瞬間、次のオリンピックの準備をする。東京五輪はすでに125人の申し込みを受けてホステル全体を予約した。1~2年前にすべての予約を終えるので値段が安い」と紹介した。
2006年トリノ五輪は故郷の友人7人と一緒に行った。その時からホッパーさんとオリンピックツアーに同行しているセリオさん(44)は「みんな男なので、冒険するような感じでキャンプバスを宿舎にして楽しんだ。だがトリノは雨がよく降って大変だった」と回想した。このメンバーで2008年北京五輪も旅した。そして2010年バンクーバー五輪にはホッパーさんの妻モリンさんも同行したいと言い出した。オリンピックツアーで初めて女性メンバーが加わった。ホッパーさんは「カナダは近いので兄弟や知人から連絡がたくさん来てメンバーが増えた」と当時を振り返った。そのように集まった70人がバンクーバー五輪を楽しんだ。
メンバーが増えてホッパーさんの仕事はさらに増えた。36部屋あるホステルをまるごと借りるために電話だけで数百回かけた。飛行機チケット、オリンピックゲームの前売り券などもおさえなければならない。ホッパーさんは「全然知らない人々ではないので、私の意見をよく聞きいてくれた。前からオリンピックツアーを一緒にしている友人もかなり手を貸してくれた」と言った。全員知人なのでホッパーさんがもらう手数料も多くはない。ホッパーさんのオリンピックツアーを一度経験した人はその次も申し込む。ツアーを重ねるに連れ、ツアーウエアを作ったり、背中に訪問先の国旗をつけたりした。
増加傾向にあったオリンピックツアーだったか、今回は申込者がぐっと減った。ホッパーさんは「北核問題が大きかった。米国ニュースで危険だと伝えていた」と説明した。平昌ツアーには23人(うち女性4人)だけが参加した。ほとんどが30~40代だ。ソチ五輪とリオ五輪の時も治安問題が浮上したが、それでも60人以上が参加した。シアトルから来たヒューニックさん(42)は「妻が『北朝鮮が怖くて行けない』と言った。来てみると、こんなに平和なところはないと思った。朝市に行って、かまぼこ串や干し柿などを食べたがとてもおいしい」と笑顔を見せた。
最も印象深い競技はショートトラックだと言った。セリオさんは「ソチ五輪の時、女子ショートトラックリレーを見たが、こんなに多くの人々が歓声を上げるのは初めて見た。特に、韓国女子選手の逆転ドラマがとても素晴らしかった。20日の女子ショートトラックリレーも現場で見たが最高だった」と伝えた。さまざまな国に訪れながら現地文化にもいち早く適応している。すでに江陵(カンヌン)で有名なスンドゥブチゲ(おぼろ豆腐鍋)や韓牛に挑戦した。ホッパーさんは「私たちには食べられないものはない」と豪語し、キムチもおいしく食べたという。
彼らのほとんどは平昌五輪の最も素晴らしい点を「親切なボランティアメンバー」だと口をそろえた。
アンダーソンさん(39)は「ボランティアメンバーが親切に説明してくれて平昌から江陵駅まで1時間10分で来れた」と話した。
ではオリンピックの魅力は。ホッパーさんは1秒も迷わずこう言い切った。「友人と特別な思い出づくりにこれほどの旅はない。オリンピックを通じて他の国のことを知ることができるのが何より楽しい。オリンピックツアーは死ぬまで続くだろう」
米国コロラド州デンバーに住むメリット・ホッパー(Merritt Hopper)さん(44)がこれまで観戦した五輪大会のリストだ。今月18日江陵(カンヌン)に到着したホッパーさんは「いつのまにか16年間で9回のオリンピックに行った。私一人で始めたオリンピックツアーがこれほどの規模になるなんて思いもよらなかった」とした。ホッパーさんは平昌五輪に22人の友人たちと共にやってきた。
軽い気持ちでのスタートだった。旅行が趣味のホッパーさんは2002年、米国ユタ州のソルトレークシティーでオリンピックが開かれると聞いて「近いし一度行ってみよう」と決心した。ホッパーさんは砂漠やジャングルなどを旅行する旅行会社「レース2アドベンチャー」(race2adventure.com)を運営するほどの大の旅好きだ。
その2年後、ギリシャ・アテネでオリンピックが開かれるというニュースを聞いたホッパーさんの父親が「2年前にオリンピックに行った経験を活かして私のオリンピック旅行のガイドをしてほしい」と求めた。ホッパーさんは父親と友人2人を連れてギリシャ行きの飛行機に乗った。アテネでオリンピック観覧写真を見た別の友人が「次のオリンピックツアーには私も入れて」と声をかけてきた。
その時からホッパーさんの本格的なオリンピックツアーが始まった。このツアーはオリンピック期間中に1週間現地に滞在して各自見たい試合を見るというもの。飛行機費用、宿泊費、競技チケットなど総経費は約500万ウォン(約50万円)程度だ。ホッパーさんは「オリンピックが終わった瞬間、次のオリンピックの準備をする。東京五輪はすでに125人の申し込みを受けてホステル全体を予約した。1~2年前にすべての予約を終えるので値段が安い」と紹介した。
2006年トリノ五輪は故郷の友人7人と一緒に行った。その時からホッパーさんとオリンピックツアーに同行しているセリオさん(44)は「みんな男なので、冒険するような感じでキャンプバスを宿舎にして楽しんだ。だがトリノは雨がよく降って大変だった」と回想した。このメンバーで2008年北京五輪も旅した。そして2010年バンクーバー五輪にはホッパーさんの妻モリンさんも同行したいと言い出した。オリンピックツアーで初めて女性メンバーが加わった。ホッパーさんは「カナダは近いので兄弟や知人から連絡がたくさん来てメンバーが増えた」と当時を振り返った。そのように集まった70人がバンクーバー五輪を楽しんだ。
メンバーが増えてホッパーさんの仕事はさらに増えた。36部屋あるホステルをまるごと借りるために電話だけで数百回かけた。飛行機チケット、オリンピックゲームの前売り券などもおさえなければならない。ホッパーさんは「全然知らない人々ではないので、私の意見をよく聞きいてくれた。前からオリンピックツアーを一緒にしている友人もかなり手を貸してくれた」と言った。全員知人なのでホッパーさんがもらう手数料も多くはない。ホッパーさんのオリンピックツアーを一度経験した人はその次も申し込む。ツアーを重ねるに連れ、ツアーウエアを作ったり、背中に訪問先の国旗をつけたりした。
増加傾向にあったオリンピックツアーだったか、今回は申込者がぐっと減った。ホッパーさんは「北核問題が大きかった。米国ニュースで危険だと伝えていた」と説明した。平昌ツアーには23人(うち女性4人)だけが参加した。ほとんどが30~40代だ。ソチ五輪とリオ五輪の時も治安問題が浮上したが、それでも60人以上が参加した。シアトルから来たヒューニックさん(42)は「妻が『北朝鮮が怖くて行けない』と言った。来てみると、こんなに平和なところはないと思った。朝市に行って、かまぼこ串や干し柿などを食べたがとてもおいしい」と笑顔を見せた。
最も印象深い競技はショートトラックだと言った。セリオさんは「ソチ五輪の時、女子ショートトラックリレーを見たが、こんなに多くの人々が歓声を上げるのは初めて見た。特に、韓国女子選手の逆転ドラマがとても素晴らしかった。20日の女子ショートトラックリレーも現場で見たが最高だった」と伝えた。さまざまな国に訪れながら現地文化にもいち早く適応している。すでに江陵(カンヌン)で有名なスンドゥブチゲ(おぼろ豆腐鍋)や韓牛に挑戦した。ホッパーさんは「私たちには食べられないものはない」と豪語し、キムチもおいしく食べたという。
彼らのほとんどは平昌五輪の最も素晴らしい点を「親切なボランティアメンバー」だと口をそろえた。
アンダーソンさん(39)は「ボランティアメンバーが親切に説明してくれて平昌から江陵駅まで1時間10分で来れた」と話した。
ではオリンピックの魅力は。ホッパーさんは1秒も迷わずこう言い切った。「友人と特別な思い出づくりにこれほどの旅はない。オリンピックを通じて他の国のことを知ることができるのが何より楽しい。オリンピックツアーは死ぬまで続くだろう」
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