「観衆の皆さん、『クール・ボルト(Cool Bolt)』を紹介します!」
今月10日、ドイツ・ウィンターベルクで開かれたボブスレーワールドカップ(W杯)第4戦。場内アナウンサーが初めてボブスレーW杯に出場するジャマイカ選手を紹介しながらこのように叫んだ。ジャマイカの陸上スター、ウサイン・ボルト(31)が現れるかのようだったが、ボブスレーのスライディングトラックには2人の女子選手が登場した。2人は23組中7位に入った。ジャマイカボブスレーの唯一の女子代表チーム、ジャズミン・フェンレイター=ヴィクトリアン(Jazmine Fenlator-Victorian、32)とキャリー・ラッセル(Carrie Russell、27)の成功的なW杯デビュー戦だった。
ジャマイカボブスレーチームが冬季オリンピック(五輪)に挑戦したのは1988年カルガリー大会が初めてだった。来年の平昌(ピョンチャン)五輪はジャマイカボブスレーチームが冬季五輪に挑戦して30年になる舞台だ。ジャマイカボブスレーチームのストーリーは1993年映画『クール・ランニング』としても制作された。来年の平昌五輪には映画のタイトルとジャマイカの陸上スターのウサイン・ボルトの名前を合わせた「クール・ボルト」チームが出場する予定だ。
◆平昌が冬季五輪挑戦30周年の舞台
「クール・ボルト」チームは米国代表として活躍して2015年に父親の国籍を選んでジャマイカに帰化したヴィクトリアンと2013年世界陸上選手権400メートルリレーでジャマイカ女子代表として金メダルを獲得したラッセルで構成されている。
2人の挑戦がさらに光を放っているのはその「特別なそり」ためだ。来年の平昌五輪で2人は100社余りの日本中小企業が協力して製作したそりに乗る。別名「下町そり」だ。BMW、フェラーリ、マクラーレンのような世界的な自動車会社が技術を競い合う場でもあるボブスレーに、地元工場で作った「下町そり」を持ち込み、しかもオリンピックの舞台に挑戦するという。
ボブスレーは「氷上のフォーミュラワン(F1)」と呼ばれている。ボブスレー選手たちが使うそりは「先端科学の結晶体」だ。ボブスレーのそりを製作する時は速度や空気力学などをさまざまなことを考慮しなければならない。自動車の製造と類似点が多い。ドイツBMWは2014年ソチ五輪に参加した米国チームのそり製作に2400万ドル(現レートで約27億円)をかけた。
先端技術が必須のそり製作に日本中小企業が果敢に参入したのは2011年のこと。当時、東京大田区の約30の中小企業は日本ボブスレー代表チームのためにそりを作ろうと気持ちを一つにした。東日本大震災以降、沈んだ雰囲気の中で「何かやってやろう」と開始したプロジェクトがそりの製作だった。その時ですら日本選手は外国製のそりに乗って競技に臨んでいた。下町ボブスレープロジェクト推進委員会の細貝淳一ゼネラルマネージャーは「日本製のボブスレーを作り、冬季オリンピックで日本の技術力を世界に見せつけようとの趣旨だった」と語った。
しかし多くの難関があった。まず、ボブスレーを製作する技術について全く知識がなかった。彼らは他国が製作したそりを解体した後、隅々まで分析した。そりに必要な部品を各会社が分担して製作した後、これをつなぎ合わせた。このため結果的に100社の会社が集まることになった。成果もあった。2012年12月、このそりに乗って競技に出場したチームが全日本選手権大会で1位に入賞して可能性を見せた。しかし、最後まで日本代表チームはこのそりを冷遇した。プロジェクトも失敗に終わる危機に置かれた。
日本中小企業100社が製作した「下町そり」、平昌五輪で披露(2)
今月10日、ドイツ・ウィンターベルクで開かれたボブスレーワールドカップ(W杯)第4戦。場内アナウンサーが初めてボブスレーW杯に出場するジャマイカ選手を紹介しながらこのように叫んだ。ジャマイカの陸上スター、ウサイン・ボルト(31)が現れるかのようだったが、ボブスレーのスライディングトラックには2人の女子選手が登場した。2人は23組中7位に入った。ジャマイカボブスレーの唯一の女子代表チーム、ジャズミン・フェンレイター=ヴィクトリアン(Jazmine Fenlator-Victorian、32)とキャリー・ラッセル(Carrie Russell、27)の成功的なW杯デビュー戦だった。
ジャマイカボブスレーチームが冬季オリンピック(五輪)に挑戦したのは1988年カルガリー大会が初めてだった。来年の平昌(ピョンチャン)五輪はジャマイカボブスレーチームが冬季五輪に挑戦して30年になる舞台だ。ジャマイカボブスレーチームのストーリーは1993年映画『クール・ランニング』としても制作された。来年の平昌五輪には映画のタイトルとジャマイカの陸上スターのウサイン・ボルトの名前を合わせた「クール・ボルト」チームが出場する予定だ。
◆平昌が冬季五輪挑戦30周年の舞台
「クール・ボルト」チームは米国代表として活躍して2015年に父親の国籍を選んでジャマイカに帰化したヴィクトリアンと2013年世界陸上選手権400メートルリレーでジャマイカ女子代表として金メダルを獲得したラッセルで構成されている。
2人の挑戦がさらに光を放っているのはその「特別なそり」ためだ。来年の平昌五輪で2人は100社余りの日本中小企業が協力して製作したそりに乗る。別名「下町そり」だ。BMW、フェラーリ、マクラーレンのような世界的な自動車会社が技術を競い合う場でもあるボブスレーに、地元工場で作った「下町そり」を持ち込み、しかもオリンピックの舞台に挑戦するという。
ボブスレーは「氷上のフォーミュラワン(F1)」と呼ばれている。ボブスレー選手たちが使うそりは「先端科学の結晶体」だ。ボブスレーのそりを製作する時は速度や空気力学などをさまざまなことを考慮しなければならない。自動車の製造と類似点が多い。ドイツBMWは2014年ソチ五輪に参加した米国チームのそり製作に2400万ドル(現レートで約27億円)をかけた。
先端技術が必須のそり製作に日本中小企業が果敢に参入したのは2011年のこと。当時、東京大田区の約30の中小企業は日本ボブスレー代表チームのためにそりを作ろうと気持ちを一つにした。東日本大震災以降、沈んだ雰囲気の中で「何かやってやろう」と開始したプロジェクトがそりの製作だった。その時ですら日本選手は外国製のそりに乗って競技に臨んでいた。下町ボブスレープロジェクト推進委員会の細貝淳一ゼネラルマネージャーは「日本製のボブスレーを作り、冬季オリンピックで日本の技術力を世界に見せつけようとの趣旨だった」と語った。
しかし多くの難関があった。まず、ボブスレーを製作する技術について全く知識がなかった。彼らは他国が製作したそりを解体した後、隅々まで分析した。そりに必要な部品を各会社が分担して製作した後、これをつなぎ合わせた。このため結果的に100社の会社が集まることになった。成果もあった。2012年12月、このそりに乗って競技に出場したチームが全日本選手権大会で1位に入賞して可能性を見せた。しかし、最後まで日本代表チームはこのそりを冷遇した。プロジェクトも失敗に終わる危機に置かれた。
日本中小企業100社が製作した「下町そり」、平昌五輪で披露(2)
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