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【時視各角】朴槿恵はなぜ朴正熙に追いつけないのか(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
朴槿恵(パク・クネ)大統領は先月26日、報道機関編集・報道局長との懇談会を虚しく終えた。「疎通」の形式に重点を置いただけで、中身はすべて抜けた。国民が望んだ「すべて私の過ち」という懺悔の代わりに、「4・13総選挙は何もできない2党体制を3党体制にした」と述べた。また朴大統領は「実際、親朴を作ったことはない」とし「選挙の時、自分たちのマーケティングとして親朴・脱朴などの言葉を作り出した」と主張した。有権者が見た李漢久(イ・ハング)議員の公認虐殺と「真朴」鑑別騒動は幻だったのだろうか。大統領は我々の社会がこうした釈明を受け入れるだろうと期待するのだろうか。

政治的なリーダーシップの2つの軸は疎通と人事だ。まず45社の編集・報道局長を広間に呼び集めてマイクで話すのが疎通なのか疑問だ。次はチョ・ギュハ氏(元全南知事・全経連副会長)が伝えた朴正熙(パク・ジョンヒ)元大統領のエピソードだ。全羅南道高興(コフン)出身のチョ氏は1970年代、東亜日報の政治部記者として青瓦台を出入りした。「朴大統領は毎月1回、東亜日報の青瓦台出入り記者だけを別に呼んで1時間ほど対話した。『今回の○○措置に対する世論はどうか』という質問をしたりもした」。朴元大統領がなぜ自分に批判的な新聞社の記者と定期的に会ったのかは分からない。チョ氏は「おそらく最も好きだった兄(朴相熙)が日帝時代に東亜日報の欧米支局長だったため」と推測するだけだ。

「対話を終えて出てくれば大騒ぎになった。朴鐘圭(パク・ジョンギュ)警護室長が『何を話したのか』と脅迫し、李厚洛(イ・フラク)中央情報部長も『私のことを言ったのでは』と問い詰めた」。チョ氏は「振り返ればそのような対話こそ朴大統領特有の疎通方式であり、ナンバー2に惑わされるなという警告だった」と語った。その当時、宮井洞(クンジョンドン)は悲劇の場所である以前に最高権力者の生きた疎通の現場でもあった。内心まで打ち明ける本当の疎通は公開された広い空間ではなく、このように狭くて隠密な場所で行われる。

【時視各角】朴槿恵はなぜ朴正熙に追いつけないのか(2)

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