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【中央時評】運命の瞬間に近づく大韓民国(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
金泳三(キム・ヨンサム、YS)大統領は北朝鮮に純真に接近して失敗した初めての指導者だ。彼は北朝鮮に友好的な要人2人を核心要職に座らせた。就任の辞では「どの同盟国も、民族より良くはなれない」と述べた。非転向の長期囚を何の条件もなく北に引き渡すこともした。YSの生半可な対北朝鮮政策は、苛酷な代価を払った。北朝鮮が核開発を宣言したのだ。

金大中(キム・デジュン、DJ)大統領は北朝鮮の変化を圧迫できる絶好の機会を迎えた。94~96年に北朝鮮が「苦難の行軍」という崖っぷち危機に処したのだ。もしDJ政権が北朝鮮の切迫ぶりを狙ったいたら韓半島(朝鮮半島)の運命は変わったかもしれない。DJは代わりに太陽政策を選択した。首脳会談の支援金で4億5000万ドルを与えた。このお金は核開発に使われた可能性が大きい。金正日にとって太陽の光は酸素呼吸器であった。

盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は北朝鮮の核開発に対する警戒心を低くした。コメ・肥料・現金が北朝鮮に流れて続けた。対話は偽装だったし、北朝鮮は核挑発へと向かった。2006年、いよいよ北朝鮮は核実験に成功した。


李明博(イ・ミョンバク)大統領の対北朝鮮政策は相対的に厳格なものだった。彼も初めは対北朝鮮交渉の誘惑に落ちた。しかし彼はまもなく軌道に戻った。5・24措置は80年代以降、韓国が主導的に振り回した最初のムチだ。だが李大統領にも限界があった。韓国哨戒艦「天安」と延坪島(ヨンピョンド)挑発に対して彼がさらに強力に懲らしめていたとすれば、北朝鮮政権は衝撃を受けたかもしれない。長期独裁の共産政権は衝撃があってこそ急変の端緒ができる。

朴槿恵(パク・クネ)大統領も執権初めには南北対話の可能性に執着した。韓半島信頼プロセスがそれだ。しかし彼女もまもなく冷厳な現実に戻った。北朝鮮が彼女をそのようにしたのだ。負担と犠牲で見れば開城(ケソン)工業団地の閉鎖は5・24よりも強力な制裁だ。

今や北朝鮮という悲劇は最終章に向かって走っている。金正恩は恐怖と狂気に閉じ込められ、韓国はすべての門を閉めた。今こそ体制の本質と本質がぶつかっている。本質と本質が出会う時に変化がさく烈したことを世界史は証明している。

1871年のドイツ統一の主役ビスマルクはこのように言った。「歴史の中をすぎていく神の裾(すそ)を逃さずにつかむことが政治家の責務だ」。この国の多くの大統領が裾を取り逃した。朴槿恵はそれをつかむことができるだろうか。400メートル統一リレーで彼女はウサイン・ボルトになるだろうか。

キム・ジン論説委員



【中央時評】運命の瞬間に近づく大韓民国(1)

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