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【グローバルアイ】1300年の歴史、大切に守ってきた日本の「高句麗の村」

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
17日、日本の田舎町を訪れた。東京駅から約70キロ離れた埼玉県日高市。人口約5万7000人の小さな農村だ。電車に乗って日高市郊外の「高麗(こま)駅」に到着した。駅名に含まれている「高麗」が好奇心を刺激した。駅員は「日本では高句麗を『こま』または『こうくり』と呼ぶ」として「ここが高句麗の村」と言った。「高麗王朝は『こうらい』と発音する」という説明もつけ加えた。

天下大将軍と地下女将軍が駅の広場に立ち続けていた。日本の地で出会った韓国の木像は、故郷の人のようにうれしい。田舎道に沿って歩いてみると高麗神社の入口が見える。日帝強制占領期間に参拝を強要された私たちの民族の恨を思えば、神社は決して気持ちの良い場所ではない。しかし「高」と「麗」の間に小さな文字で「句」を刻み入れて「高句麗」の跡を残した神社の表札板は、韓半島(朝鮮半島)と日本の過去を改めて振り返らせてくれた。

羅唐連合軍が高句麗を滅亡させる2年前の666年、日本に外交使節として派遣された若光。彼は崩壊した故国に戻れないまま高句麗の遊民1799人と共にやせた土地を切り開いた。古代歴史書物である『続日本紀』は、高句麗王族である若光が703年大和朝廷から「高麗王」の姓氏を受けたと記録した。


716年、日本の朝廷は東北地方に散らばって暮らしていた高句麗人を今の高麗神社一帯の武蔵野に移住させた後に高麗郡をつくった。若光は初代郡長に任命され高句麗文化を継続して辺境を復興させた。住民たちが彼の業績を賛えるために作った霊廟が高麗神社だ。子孫である高麗文康(50)さんが現在60代目の宮司をつとめている。

高麗郡が今年建郡1300周年を迎えた。在日同胞や日本住民、韓日両国の学者ら217人が主軸となった「高麗若光会」と東北アジア歴史財団、日高市が各種記念行事を準備している。「高句麗衣装製作教室」や「高句麗遺跡講座」はいつも地元の会館で開かれている。4月末には「1300年記念碑」の除幕式も開催される。明仁天皇のいとこにあたる故・高円宮憲仁の久子夫人も天皇家代表として除幕式に参加する予定だ。

高麗若光会の名誉顧問である羅鍾一(ラ・ジョンイル)元駐日大使は「1300年の縁は決して軽くない。韓日共同の祭典を通じて両国はもちろん日本の僑胞(海外在住韓国人)社会が和合するきっかけを用意したい」と強調した。ハ・ジョンヨン事務局長も「両国は良い関係を維持した時期がもっと長かった」として「韓日友好の新たな時代を期待している」と語った。

悪化の一途を歩んでいた両国関係は少しずつ改善の兆しを見せている。朴槿恵(パク・クネ)大統領と安倍晋三首相が今年、高句麗の村で会って「新たな韓日1300年」を約束して丈夫な礎を一つつくるのはどうだろうか。

イ・ジョンホン東京特派員



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