私を悲観主義者だと呼んでもかまわない。しかし私は先月14日の「1次民衆総決起集会」以降、最悪の状況になることを心配した。ソウルの都心でデモ隊と警察がお互いを攻撃する武力衝突をすれば、それは決して見慣れない場面ではない。しかし非常に残念なことだ。衝突で生じる負傷と損失、双方の強硬な態度を目撃するのはいつも悲しいことだ。政治的な側面でも、韓国というブランドの広報の側面でも、正しい形でない。世界のメディアが韓国について報道することは多くない(北朝鮮に関してはよく報道するが)。壮観が繰り広げられる韓国の騒ぎはテレビニュースのネタに適している
常に良い「見もの」だ。世界がソウルで発生したことを報道する時、それは常に否定的なものに関係しているという事実は傷心に浸らせる。
【外から見る韓国】妥協でみんなが勝者になった韓国に拍手(2)
常に良い「見もの」だ。世界がソウルで発生したことを報道する時、それは常に否定的なものに関係しているという事実は傷心に浸らせる。
【外から見る韓国】妥協でみんなが勝者になった韓国に拍手(2)
この記事を読んで…