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【中央時評】遠い「反省とお詫び」=韓国(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」。1995年の村山談話の一部だ。続いて98年10月に採択した金大中(キム・デジュン)-小渕「韓日未来パートナーシップ」宣言には「わが国が過去の一時期、韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫び」を表明するという部分が入っている。

過去の日本政府のこうした公式的な立場表明にもかかわらず、最近の日本国内では奇妙な気流が感知されている。安倍晋三首相の修正主義歴史観に便乗し、「反省と謝罪」に対する韓国と中国側の行き過ぎた要求が日本国内の反韓・反中感情を高め、和解を難しくするという立場がそれだ。日本の中道的な学者までもこれに加勢する傾向を見せ、懸念される。

まず日本の学者は比較論的な視点で「反省と謝罪」に対する反論を提起している。オランダはインドネシアを300年以上、英国はインドを90年間余り、フランスはベトナムを60年間も植民支配したが、これらの国が被植民地国家に公式的な文書で反省、謝罪、補償を約束したことはないということだ。これとは対照的に日本は植民支配に対する反省と謝罪の意を表明し、補償までしたのに、韓国がこの問題をずっと提起するのは納得しがたいという立場だ。要するに「なぜ日本にだけそうするのか」ということだ。


法律的妥結論も繰り返し登場する。太平洋戦争に対する日本の法的責任はサンフランシスコ講和条約に基づいて一段落したため、これ以上取り上げること自体が不適切だという視点だ。すでに中国とは日中平和友好条約、韓国とは日韓基本条約という講和条約を結んだため、なおさらだという趣旨だ。それが国際慣例ということだ。それだけではない。日本側は「動機が正しければ悪い結果も正当化できる」というドイツ哲学者イマヌエル・カントの動機主義的道徳論を活用する姿も見せている。ナチスドイツの戦争は計画された侵略だったが、当時の日本はやむを得ない状況のもと、東アジアの平和と安定のために開戦するしかなかったということだ。これは裕仁天皇の降伏文書のうち次の部分によく表れている。「米英の二国に対して宣戦した理由も、本来、日本の自立と東アジア諸国の安定とを望み願う思いから出たものであり、他国の主権を排除して領土を侵すようなことは、もとから私の望むところではない」。戦争と侵略の結果は問題があるが、戦争の動機は正当化できるという主張だ。



【中央時評】遠い「反省とお詫び」=韓国(2)

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