梁熙英が約1年4カ月ぶりにLPGAツアーのトップに立った。2013年10月LPGAツアー初優勝以降、心の空虚感を感じた梁熙英は休息を通じて余裕を取り戻し、新しいシーズンに変貌した姿を見せた。韓国系選手たち(崔羅蓮、キム・セヨン、リディア・コ、梁熙英)は今年開かれたLPGAツアー4大会ですべて優勝した。写真は優勝カップを手にしている梁熙英。(写真=ゴルフファイル)
梁熙英(26)は親の教えに従った。ゴルフをし、中3の時にスポーツ環境が良い豪州に渡った。梁熙英はひたむきだった。パット練習をする時は一日中、太陽の下で腰を伸ばさずパットをした。彼女のティーシャツの背中の部分は日差しのため黄色く色あせたりもした。練習場でボールを打つ時も梁熙英はマシーンのようにショットをした。
梁熙英は2006年に豪州で開催された豪州レディース・マスターズで優勝した。当時年齢が同じミシェル・ウィーと比較され、「南半球のミシェル・ウィー」と呼ばれたりもした。ミシェル・ウィーをライバルの電子会社ソニーに奪われたサムスン電子の後援を受けた。米女子プロゴルフ(LPGA)ツアーに入ると違った。誠実さは変わらなかったが、長い間、優勝カップを握ることができなかった。栄光はツアー7年目につかんだ。2013年10月に韓国で開催されたハナ外換チャンピオンシップで優勝した。
梁熙英の苦労は終わったかと思われた。ところが昨年、LPGAツアーで「梁熙英が練習をしない」という噂が広まった。誰もが驚いた。選手たちはLPGAツアー最高の“練習の虫”がそんなはずはないと言った。実際、梁熙英の練習量は大きく減った。梁熙英が親に「私が今日の競技を途中でやめても驚かないでほしい」と話したこともある。単なる噂ではなかった。
優勝したことで満足したわけではない。梁熙英は優勝後、さらに空しくなったという。LPGAツアーの友人に「これまで誰のためにゴルフをしてきたのか分からない」と語った。叔母のヤン・ヨンモさんは「優勝したがスポンサーが消えたためでもある」と話した。「スポンサーに対する義務がないので、自分も十数年ぶりに少し休んでみよう」と話したという。昨年は11月初めに早くもシーズンを終えた。
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