故チェ・ソンスンさん(1927-2013)は日本軍の慰安婦被害者だ。16歳の時、健康状態が良くない父の薬を買うために家を出た後、日本軍に連れられて行った。その後の3年間、日本にある軍部隊で慰安婦生活をした。チェさんは無力な国のために経験した個人のつらい歴史を60年以上も隠してきた。家族はチェさんが亡くなる3年前に息子の妻が偶然に知るまで、その過去を知らなかった。
「認知症の姑がある日、生活補助金が入金される通帳を見せながら、『私が日本に連れて行かれて苦労をしたとして国が与えるお金』という言葉を聞き、慰安婦被害事実を知ることになった」。息子の妻イ・スンエさん(61)の言葉だ。
チェさんの孫のワン・ミンホさん(37)は「祖母の葬儀場に朴槿恵(パク・クネ)大統領の弔花があり、祖母の被害について知ったが、長い歳月、家族に隠して過ごした祖母のことを考えると胸が痛む」と話した。
日本軍慰安婦被害者の家族14人が「日本軍慰安婦被害者遺族会」を作った。慰安婦被害者の家族が団体を作ったのは初めてだ。遺族会には故キム・スンドクさん(1921-2004)、故チェ・ソンスンさんなどすでに亡くなった慰安婦被害者2人の遺族と「ナヌムの家」で生活する慰安婦被害者10人の家族が参加した。先月28日に京畿道広州の「ナヌムの家」で開かれた「日本軍慰安婦被害者」追慕祭で公式発足式を開いた。
チェさんの遺族は息子のワン・サンムンさん(60)、ワンさんの妻のイさん、孫のミンホさんまで3代が遺族会に参加した。息子のワンさんは「母が日本から謝罪の一言も聞けずに亡くなったのが無念で、子どもたちが立ち上がった」と述べた。また「母は謝罪を一言も聞けずに亡くなったが、現在生存している慰安婦被害者53人は日本の謝罪を聞けることを願う気持ちで遺族会に参加することになった」と語った。
キム・スンドクさんの息子のヤン・ハンソクさん(67)は慰安婦問題を知らせるのに率先した母の遺志を受け継ぐために参加した。キムさんが95年に描いた「咲くことのなかった花」は、米国・カナダなどに広く紹介され、慰安婦問題をイシュー化した象徴物だ。昨年8月には韓国を訪問したローマ法王にも贈呈された。つぼみの前で悲しい表情で立つ絵の少女はキムさん自身だ。ヤンさんは「母が生前に描いた絵の中には恨が込められていたが、今は息子としてその恨を晴らすべきだと考えて遺族会に参加することになった」と述べた。
その間、慰安婦被害者の家族が慰安婦問題で前に出ることはなかった。家族さえも慰安婦被害が知られるのを避けようとしたからだ。今回、家族が前面に出ることになったのは慰安婦被害者の高齢化のためだ。1月にファン・ソンスンさんとパク・ウィナムさんが亡くなり、政府が認めた238人のうち生存者は53人に減った。生存者も高齢のため証言など外部活動が難しい。「ナヌムの家」のアン・シングォン所長は「慰安婦被害者の家族は相続人として法的な権利を持つため、日本側も家族の要求を無視できないだろう」と述べた。
遺族会は今後、日本の公式謝罪と法的賠償を要求する一方、慰安婦問題に関する被害者の証言活動や追悼事業を支援する計画だ。ヤンさんは「全国の遺族を集め、代を引き継いでも問題を解決するよう努力する考え」と述べた。
「認知症の姑がある日、生活補助金が入金される通帳を見せながら、『私が日本に連れて行かれて苦労をしたとして国が与えるお金』という言葉を聞き、慰安婦被害事実を知ることになった」。息子の妻イ・スンエさん(61)の言葉だ。
チェさんの孫のワン・ミンホさん(37)は「祖母の葬儀場に朴槿恵(パク・クネ)大統領の弔花があり、祖母の被害について知ったが、長い歳月、家族に隠して過ごした祖母のことを考えると胸が痛む」と話した。
日本軍慰安婦被害者の家族14人が「日本軍慰安婦被害者遺族会」を作った。慰安婦被害者の家族が団体を作ったのは初めてだ。遺族会には故キム・スンドクさん(1921-2004)、故チェ・ソンスンさんなどすでに亡くなった慰安婦被害者2人の遺族と「ナヌムの家」で生活する慰安婦被害者10人の家族が参加した。先月28日に京畿道広州の「ナヌムの家」で開かれた「日本軍慰安婦被害者」追慕祭で公式発足式を開いた。
チェさんの遺族は息子のワン・サンムンさん(60)、ワンさんの妻のイさん、孫のミンホさんまで3代が遺族会に参加した。息子のワンさんは「母が日本から謝罪の一言も聞けずに亡くなったのが無念で、子どもたちが立ち上がった」と述べた。また「母は謝罪を一言も聞けずに亡くなったが、現在生存している慰安婦被害者53人は日本の謝罪を聞けることを願う気持ちで遺族会に参加することになった」と語った。
キム・スンドクさんの息子のヤン・ハンソクさん(67)は慰安婦問題を知らせるのに率先した母の遺志を受け継ぐために参加した。キムさんが95年に描いた「咲くことのなかった花」は、米国・カナダなどに広く紹介され、慰安婦問題をイシュー化した象徴物だ。昨年8月には韓国を訪問したローマ法王にも贈呈された。つぼみの前で悲しい表情で立つ絵の少女はキムさん自身だ。ヤンさんは「母が生前に描いた絵の中には恨が込められていたが、今は息子としてその恨を晴らすべきだと考えて遺族会に参加することになった」と述べた。
その間、慰安婦被害者の家族が慰安婦問題で前に出ることはなかった。家族さえも慰安婦被害が知られるのを避けようとしたからだ。今回、家族が前面に出ることになったのは慰安婦被害者の高齢化のためだ。1月にファン・ソンスンさんとパク・ウィナムさんが亡くなり、政府が認めた238人のうち生存者は53人に減った。生存者も高齢のため証言など外部活動が難しい。「ナヌムの家」のアン・シングォン所長は「慰安婦被害者の家族は相続人として法的な権利を持つため、日本側も家族の要求を無視できないだろう」と述べた。
遺族会は今後、日本の公式謝罪と法的賠償を要求する一方、慰安婦問題に関する被害者の証言活動や追悼事業を支援する計画だ。ヤンさんは「全国の遺族を集め、代を引き継いでも問題を解決するよう努力する考え」と述べた。
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