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【中央時評】李明博の回顧録、半分の勇気(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
大統領は5年間、国家の責任を負う。そのような大統領の回顧録は私的な個人記録ではない。歴史に対する国家の報告書だ。したがって回顧録には冷酷な真実と胸に響く懺悔がなければいけない。こうした点で李明博(イ・ミョンバク)回顧録は中途半端だ。功績は大路にあり、過ちは小路にある。

李大統領の最も大きな功績は2008年の金融危機への対応だ。回顧録の場面を見ると、今でも胸をなで下ろす。危機をあおる国内外のメディア、流出する外国資本、目の前に近づいた1997年の悪夢…。しかし揺れることはなかったと李大統領は書いた。「このような時代に元CEOの私が大統領に選出されたのは歴史的使命のようだった」。

李大統領政権は総力を尽くした。28兆ウォンの追加予算を組み、日・米・中と通貨スワップ(currency swap)を結んだ。これは一種のマイナス通帳だ。危機の状況でドルを調達するものだ。青瓦台(チョンワデ、大統領府)の地下バンカーでは非常経済会議が開かれた。経済団体長と大企業の経営陣も出席した。危機を迎え、大統領を中心に国が団結したのだ。韓国は世界にも向かって走った。主要20カ国・地域(G20)入りし、議長国も引き受けた。

神のいたずらか、2009年下半期に大統領は深刻な肺の病気にかかった。李大統領は妻だけに知らせた。薬も服用したが、基本的に李大統領の処方は「仕事」だった。回顧録はこのように書いている。「現代建設の社長だった35歳の時、私は肝炎になった。しかし休まず働いた。10年後にウイルスが消えた。仕事が私を救った。今回もそうなると信じた」。

信念のように肺病は6カ月で治った。病気とともに危機も消えた。もともと2009年の韓国の成長率予測はマイナス2%だった。しかし驚くような結果が出てきた。プラス0.2%の成長だった。経済協力開発機構(OECD)のうちプラス成長は豪州・ポーランド・韓国だけだ。対外依存度を考慮すれば、韓国のプラスは奇跡だった。2010年には6.1%まで上がった。世界2番目だ。欧州財政危機もあったが、韓国はびくともしなかった。2012年に3大格付け会社は韓国を先進国レベルに格上げした。

このほかにも李大統領の成功ストーリーは多い。韓米同盟を立て直し、北朝鮮を原則通りに扱った。自由貿易協定(FTA)領土を拡大し、大規模な原発を輸出した。アデン湾作戦で国家の士気を高めた。李大統領は熱心に働き、成果も多かった。なら、読者は気分よく回顧録を閉じなければいけない。

【中央時評】李明博の回顧録、半分の勇気(2)

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