본문 바로가기
이전 페이지로 가기 공유하기 주요 서비스 메뉴 열기

「韓国戦争で手足失ったが韓国の自由守った…後悔ない」

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

ウィリアム・ウェーバー元米軍大佐がワシントンの韓国戦争(朝鮮戦争)に参戦した勇士記念碑近くの19人勇士像の前に立っている。勇士像の真ん中の人物がウェーバー元大佐だ。

米国ワシントンの韓国戦争(朝鮮戦争)参戦勇士記念公園には雨着を着た米軍が雨に降られて前進する姿を形象化した19人勇士像がある。この中の1つの銅像は韓国戦当時大尉だったウィリアム・ウェーバー元米陸軍大佐(89)をモデルにした。ウェーバー元大佐は第2回「白善ヨプ(ペク・ソンヨプ)韓米同盟賞」の受賞者に選ばれた。韓米同盟に寄与した米国要人に授与される白善ヨプ韓米同盟賞は中央日報が後援して韓国国防部が主管する賞だ。

国防部はウェーバー元大佐が韓国戦争で187空輸部隊将校として参戦して右の腕と脚を失ったうえ、1980年の除隊後に韓国戦争を米国社会に知らせるのに寄与した功労を評価したと明らかにした。ウェーバー元大佐は「韓国戦争参戦勇士記念碑建設委員会」に参加して記念碑設立に乗り出し、「韓国戦争記念碑基金財団」議長として韓国戦DVDを製作して募金活動を主導した。23日(現地時間)、ワシントンの韓米例年安保協議会(SCM)記者会見場で行われた受賞式に先立ちウェーバー元大佐に会った。

---韓国戦争で大きい負傷に遭った。


「1951年2月原州(ウォンジュ)戦闘でのことだった。道路が見下ろせる300~400メートルの高地を置いて3日間昼夜を問わず戦った。中国共産軍を追いやり山地を占領したが中国共産軍は続けてやって来た。敵軍が投げた手榴弾が側で爆発して腕と脚を失った。血が流れる途中で固まるほど寒かった。中国共産軍を防いだが部隊員のうち21人が死んで34人が負傷した。私も結局ショックがきて後送された」

--傷痍軍人になった。

「負傷してから人生が変わった。だが、後悔はない。参戦は軍人の義務だ。何より私が韓国人が自由を享受するのに小さい助けでも与えたとすればそれだけでも自負心を感じる。韓国戦争は政治的には勝利ではないか分からないが私には自由を望む韓国国民を共産主義から守った勝利した戦争だ。韓国戦争以後ソ連と中共は自由国家を軍事力を動員して直接攻撃できなかった」

--「19人勇士像」のモデルだ。

「私でなくKATUSA(在韓米軍基地派遣の韓国兵)の兵士の顔が19人勇士像に入ったことの方が重要だ。19人勇士像を作る時、白人・黒人・ヒスパニック・アメリカインディアンなど全ての人種の参戦米軍を入れようとした。ところで東洋人がなくて韓国戦争の時米軍で参加した韓国人(KATUSA)を含めるべきだと主張して成功させた」

--米国では韓国戦争は「忘れられた戦争」だ。

「教科書に多くて5文で記載されているから『知らない戦争』のようなものだ。だが、私たちは自由を望む彼らを助けた。このような教訓と哲学が教科書に含まれていないのが問題だ。除隊後、広野で1人叫ぶように韓国戦争は自由を守った戦争だと孤独に叫んだ。初めは反響がなかったが今は私だけが叫んでいるのではない」

--韓国国民に受賞の感想を。

「この話がしたい。今皆さんが享受している自由は無料ではない。誰かの犠牲が伴った。自由のために最も大きな犠牲を負ったのは誰だったか。それは韓国国民だった」



関連記事

この記事を読んで…

포토뷰어

最新記事

    もっと見る 0 / 0

    공유하기

    팝업닫기
    top 메뉴