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日本の動物作家・遠藤氏、韓国最後のヒョウを追跡(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
遠藤氏は85年2月、最後のヒョウの行跡を追って韓国を訪れる。75年に韓国でヒョウが生きているという事実を知ることになったが、戒厳令など不安定な時代の雰囲気のせいで、その時まで延期していたという。韓国の知人の助けを借りて慶尚南道陜川(キョンサンナムド・ハプチョン)にある吾道(オド)山のふもとの加耶(カヤ)村を訪れた。昌慶苑で生を終えたヒョウは、62年2月に吾道山で捕えられた。ファン・ホンガプ氏(当時45)が設置していた罠に、ヒョウの腰がひっかかったのだ。20年が経ってファン氏はすでに世を去っていたが、住民たちは当時の状況を昨日のことのように思い出していた。

「ヒョウが真っ赤な口を開いて牙を見せてはいたが、逃げることはできなかった」。「お腹がぎゅっと引き締められていたせいか、ヒョウの声がまるで悲鳴のようだった。『キャ~、キャア~ッ』って」。ある男性は前足をしばりつけようとしたが、足の爪にひっかかれて手の平をケガしたという。ヒョウはドラム缶に閉じ込められてファン氏の家でしばらく飼育された。

「ヒョウが牙を見せながらうなると、みな驚いて逃げた」。「グルルル、グルルル、こんなふうに。大きなのこぎりで大木を切る時の音のようだった」。

吾道山のヒョウは1カ月後、昌慶苑に移された。ファン氏はその代価に30万ウォンの賞金をもらって家の瓦をふいた。当時の昌慶苑のオ・チャンヨン動物部長は「ヒョウは1歳にもならない雄だった」と話した。

遠藤氏の冒険は続いた。ひょっとして野生として生き残っているかも知れないヒョウの子孫を探しに出た。そうするうちに忠清(チュンチョン)の報恩(ポウン)でエミーレ美術館を運営するチョ・チャヨン氏(1926~2000)から「63年3月に加耶山麓の村で珍島(チンド)犬がヒョウを捕まえたという記事が載っていた」という情報を聞いた。耳をそばだてた遠藤氏は、慶尚南道居昌郡(コチャングン)の加耶山へ向かう。そこでヒョウを捕まえたファン・ジョンギル氏(当時22)に会い、ファン氏から「黒褐色の本体に斑点模様があって、緑色の目を光らせていた」という話を聞くことができた。だがヒョウはすでに存在しなかった。あっけなく、大邱(テグ)の蛇店で毛皮・肉・骨まで全て売れていた。当時、漢方薬商はヒョウを霊験ある薬と認識して骨粉まで高値で買っていったという。

遠藤氏は「韓国の地で虎・ヒョウが絶滅したのには日本の責任がある」として「日本人として、いつも申し訳ない気がしてより熱心に追跡した」と明らかにした。さらに「作家の役割は、事件を体験した人物を直接訪ねて行って確認するということだと思う」として「真実に近づいて狭めていく道は困難だったが、楽しかった」と付け加えた。

日本の動物作家・遠藤氏、韓国最後のヒョウを追跡(1)

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