「大統領のおかげで儀典秘書官と外交安保首席秘書官を務め、そうしたキャリアにより国連事務総長になった。必ず全快してください」(潘基文国連事務総長)
「忙しいのに来てくれてありがたい」(金泳三元大統領)
11日で入院210日目となる金泳三(キム・ヨンサム)元大統領のソウル大学病院の病室は家族と随行員のほかは出入りが厳禁されている。だが、金元大統領の大統領時代に青瓦台(チョンワデ、大統領府)首席秘書官を務めた潘基文(パン・ギムン)国連事務総長は8月22~27日に忠州(チュンジュ)で行われた世界ボート選手権開幕式のため訪韓した際に病院に立ち寄り金元大統領を見舞った。鄭夢準(チョン・モンジュン)議員、李仁済(イ・インジェ)議員ら与党セヌリ党の有力議員も見舞いに来たが、病室隣の付属室で慰労の意だけ伝え帰って行った。金泳三派だった金茂星(キム・ムソン)議員と、李明博(イ・ミョンバク)政権で青瓦台秘書室長を務めた任太熙(イム・テヒ)元議員、金元大統領の抜てきで政界に入門した孫鶴圭(ソン・ハッキュ)元民主党代表らも見舞いに来たり電話で慰労の意を伝えたという。金泳三派の徐清源(ソ・チョンウォン)議員は先月初めに再補選でセヌリ党の公認を受けた直後に病室を訪れあいさつしたという。朴槿恵(パク・クネ)政権からはまだ公式に見舞いに来た人はいないというのが息子の金賢哲(キム・ヒョンチョル)漢陽大学特任教授の話だ。だが、金基洙(キム・ギス)金元大統領秘書室長は、「劉正福(ユ・ジョンボク)安全行政部長官が電話をかけてきて見舞いに来ると言ったが忙しいかと思い遠慮した」と話した。
金元大統領が入院した病室は本館12階12号室だ。30年前の1983年5月18日、光州(クァンジュ)民主化運動3周年を迎え「民主化5項目」を要求して断食闘争に突入した金元大統領は、1週間後に全斗煥(チョン・ドゥファン)政権により強制的にソウル大学病院に入院させられる。その時37日間にわたり金元大統領が入院した病室がまさにいま入院中の部屋だ。金賢哲特任教授は、「入院当時はまったくわからなかった。偶然の一致だ。当時23日間のハンストで餓死直前まで行き生き返ったように、今回も回復すると信じている」と話した。現在金元大統領は肺炎の後遺症である嚥下障害により鼻から流動食を吸入しているという。だが、1日1食ずつ重湯をすくって口に入れる練習をしながらリハビリに備えているという。金元大統領は4月5日に入院してから1週間で病状が悪化して集中治療室に移され、1カ月後に一般患者室に戻った。側近は「その時は本当に生死の岐路をさまよったが、いまは嚥下障害だけ回復すれば年末にも退院できる水準だ」と話した。
現在の金元大統領の体重は入院前と同じ70キロ台で、話もでき意識もはっきりしており耳もよく聞こえていると金秘書室長は伝えた。毎日2時間ずつ病室に立ち寄る孫命順(ソン・ミョンスン)夫人と冗談をやり取りし、自転車などの運動をしっかりとこなす一方、テレビニュースを必ず見るという。金室長は、「政治が回る状況をすべて知っているだろうが関連した言及は一切しない」と話している。(中央SUNDAY第348号)
「忙しいのに来てくれてありがたい」(金泳三元大統領)
11日で入院210日目となる金泳三(キム・ヨンサム)元大統領のソウル大学病院の病室は家族と随行員のほかは出入りが厳禁されている。だが、金元大統領の大統領時代に青瓦台(チョンワデ、大統領府)首席秘書官を務めた潘基文(パン・ギムン)国連事務総長は8月22~27日に忠州(チュンジュ)で行われた世界ボート選手権開幕式のため訪韓した際に病院に立ち寄り金元大統領を見舞った。鄭夢準(チョン・モンジュン)議員、李仁済(イ・インジェ)議員ら与党セヌリ党の有力議員も見舞いに来たが、病室隣の付属室で慰労の意だけ伝え帰って行った。金泳三派だった金茂星(キム・ムソン)議員と、李明博(イ・ミョンバク)政権で青瓦台秘書室長を務めた任太熙(イム・テヒ)元議員、金元大統領の抜てきで政界に入門した孫鶴圭(ソン・ハッキュ)元民主党代表らも見舞いに来たり電話で慰労の意を伝えたという。金泳三派の徐清源(ソ・チョンウォン)議員は先月初めに再補選でセヌリ党の公認を受けた直後に病室を訪れあいさつしたという。朴槿恵(パク・クネ)政権からはまだ公式に見舞いに来た人はいないというのが息子の金賢哲(キム・ヒョンチョル)漢陽大学特任教授の話だ。だが、金基洙(キム・ギス)金元大統領秘書室長は、「劉正福(ユ・ジョンボク)安全行政部長官が電話をかけてきて見舞いに来ると言ったが忙しいかと思い遠慮した」と話した。
金元大統領が入院した病室は本館12階12号室だ。30年前の1983年5月18日、光州(クァンジュ)民主化運動3周年を迎え「民主化5項目」を要求して断食闘争に突入した金元大統領は、1週間後に全斗煥(チョン・ドゥファン)政権により強制的にソウル大学病院に入院させられる。その時37日間にわたり金元大統領が入院した病室がまさにいま入院中の部屋だ。金賢哲特任教授は、「入院当時はまったくわからなかった。偶然の一致だ。当時23日間のハンストで餓死直前まで行き生き返ったように、今回も回復すると信じている」と話した。現在金元大統領は肺炎の後遺症である嚥下障害により鼻から流動食を吸入しているという。だが、1日1食ずつ重湯をすくって口に入れる練習をしながらリハビリに備えているという。金元大統領は4月5日に入院してから1週間で病状が悪化して集中治療室に移され、1カ月後に一般患者室に戻った。側近は「その時は本当に生死の岐路をさまよったが、いまは嚥下障害だけ回復すれば年末にも退院できる水準だ」と話した。
現在の金元大統領の体重は入院前と同じ70キロ台で、話もでき意識もはっきりしており耳もよく聞こえていると金秘書室長は伝えた。毎日2時間ずつ病室に立ち寄る孫命順(ソン・ミョンスン)夫人と冗談をやり取りし、自転車などの運動をしっかりとこなす一方、テレビニュースを必ず見るという。金室長は、「政治が回る状況をすべて知っているだろうが関連した言及は一切しない」と話している。(中央SUNDAY第348号)
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