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【時論】再び公休日になった「ハングルの日」

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
ハングルは世界文字の中で最も立派な字だ。

ところがハングルは生まれて500年が過ぎるまで日の目を見ることはなかった。ハングルを作った世宗大王(セジョンデワン)の時代とその後数十年間はハングルを伝えて書くようにしようと努めたが、燕山君(ヨンサングン)から朝鮮が滅びるまでの数百年間、ハングルは冷遇されてきた。そのうちに中国の陰から抜け出すことになった大韓帝国の高宗(コジョン)の時に、周時経(チュ・シギョン)先生と他の人々が少しの間ハングルを生かして使おうとしたが日帝に国を奪われ、私たちの言葉があやうく消えるところだった。幸い日帝強制占領期間である1926年に朝鮮語学会がハングルの日(最初の名前はカギャの日)をつくり、ハングルを守って光復(解放)後からハングルを使い始めた。

そして米軍政時代の46年からハングルの日を公休日に決め、「ハングル愛」を叫びハングルで公文書や教科書も書いてハングルの国になろうとする頃、90年にハングルの日を公休日からはずして私たちの言語生活が揺らぎ、国までも難しくなった。それでハングル団体が中心となりハングルの日の祝日推進運動をして2005年にハングルの日は祝日となったが、公休日にはならず光が当たらなかった。それで公休日に戻す運動をして22年ぶりに再び公休日となった。今はハングルの日を公休日から外す誤りを繰り返さないように、この日をよく見守っていかなければならない。

ハングルは私たちの自負心であり自尊心であり、私たちがしっかりと生きる道を切り開くありがたい文字だ。私たちの文化創造の道具であり、文化競争の最新武器だ。ハングルの日は、日帝強制占領期間からこのハングルを守って輝かせた土台であり原動力だった。日帝弾圧の中でもハングルの日ごとにハングルを生かして私たちの民族の力を育て、独立をしようという確約をした日であり独立の意志を培った日だ。ハングルの日があったからこそ、ハングル正書法や標準語・外来語表記法を定めて韓国語辞典も作ることができた。それで光復後に韓国の言葉として教科書も作り公文書も書くことができた。

私たちは光復後、ハングルを伝えてハングルを愛する国を叫び、ハングルで国民レベルを高め、民主主義と経済を世界が驚くほどはやく成し遂げた。そしてその土台から韓国の自主文化を創造し“韓流”という名前で国外に伸びていっている。ハングルと世宗大王とハングルの日がありがたく誇らしい。ところで外国人は韓国の言葉を知ってくれているのに、私たちはさらに他国の言葉に仕えて習うことに力と金を注いでいるのが残念だ。

韓国がハングルの日を祝日にして公休日に戻したのは、一日休んで遊ぼうというのが目的ではない。ハングルは世界で最も立派な文字であり、私たちの民族の最も大事な宝物なのに、しっかりと使わなかったことを反省し、ハングルを作った世宗大王とハングルを守って生かしてきた方々をありがたく思いながら、ハングルをしっかり利用できる道を探して韓国の自主文化の花を咲かせ、人類文化の発展にも尽くそうという意味でつくった日だ。

今日、韓国の文字であるハングルで韓国語を書くことはすっかり定着した。これからは私たちの言語生活を韓国語らしくして、ハングルをよく利用する道と方法を見出し、ハングルでお金も稼いでうまく暮らしていくべきだ。ハングルはその使い道が無尽蔵だ。科学的文字であるハングルは、世界通信(インターネット)や計算機(コンピュータ)に最も適した文字であり、音声認識計算機や自動機械通約・翻訳機を作るのにも良い。世宗大王の時にハングル28字をすべて生かして書いており、その時の表記方式を活用すれば外国語の勉強にも大いに役立つだろう。

再びハングルの日が公休日になり、ハングル発展の中心地であるハングル博物館も完成した。あちこちでハングルを輝かせ、ハングルでさらにうまく生きる道を探そうと努めている。ところが街中には英語の看板が増え、私たちの言葉の中に外国の言葉を混ぜて使うことが多くなって心配だ。私たちが決心することによってハングルが輝き、国が立ちあがる。皆で一緒にハングルの日を慶祝して喜びながら楽しもう。

イ・デロ元ハングルの日公休日推進汎国民連合常任代表

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