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仁川見守り100年…カフェに変身した日本の“町家”(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

仁川市中区(インチョンシ・チュング)にあるカフェ“pot_R”。1890~1900年の間に建てられた近代日本の店舗兼用住宅“町家”様式の建物をそのまま保存・活用した。

日帝強制占領期間、ここは日本人が運営する荷役会社だった。1階には事務室があり2・3階の畳部屋には100人余りの朝鮮人労働者が宿泊しながら済物浦港(チェムルポハン)に入ってくる船を待った。港を広々と見下ろせたという3階部屋の壁には当時の人夫たちが残した落書きがそのまま残っている。編み笠を被って歩いていく僧侶の絵のそばに、誰かが日本語で記した。「今夜は会食だ」。

◆荷役会社の建物、2・3階は朝鮮人宿舎…カフェ“pot_R”に

そして100年余り後、荷役会社の事務室はコーヒーや氷あずきを売るこぢんまりしたカフェに変わった。昨年8月に仁川市中区官洞(インチョンシ・チュング・クヮンドン)1街にオープンしたカフェ“pot_R(ポットアール)”だ。仁川のチャイナタウンそばの路地から入れば日本映画でよく見る3階建ての茶色い木造建物が目に映る。朝鮮時代から大韓帝国までの時期、日本の租界地(開港場周辺の外国人治外法権地域)であったこの地域で、内部まで当時の姿を保存している珍しい建物だ。近代日本の店舗兼用住宅“町家”様式で、狭い通路に沿って建物の後方に入れば中庭があり庭のそばには小さな住居が入っている。


“pot_R”を開く前は市民団体で仕事をしていたペク・ヨンイム代表(50)は、2011年にこの家を買い入れた。元の主人はこの敵産家屋(日帝占領時代に日本人が住んだ家)で生まれ、生涯を過ごした老人だった。荷役会社で作業班長として仕事をした父親が1945年の敗戦と共に日本に帰国する社長から譲り受けた家だという。頑固な主人が家をあまり改造せずに過ごしてきたことは、ペク代表にとっては幸運だった。「3階に上がったところの傾いた壁には1920年代の読売新聞が張りついていて、日本語の落書きがいっぱいだった。窓から入ってきた光が垢のついた畳の部屋を明るく照らしていて、“ああ、ここは保存すべき場所だな”と思った」。

近代建築専門家たちの諮問を受け、数カ月間を復元作業に費やした。昔の資料を参照しながら変形した外観を生き返らせ、柱の汚れも人の手で一つひとつぬぐい取った。冷暖房施設がない日本式の家のため、壁も断熱のために修理しなければならなかったが、3階の屋根裏部屋などは構造物が雑然としている姿をそのまま残した。人々が空間に残った歴史の跡を感じられたらと思うからだ。



仁川見守り100年…カフェに変身した日本の“町家”(2)

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