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似ているようで、まるで違うソウル・平壌の“色や音”…ドイツ人が写真集

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

地下鉄の中の風景(左が韓国、右は北朝鮮)(写真=写真集より)

写真を撮る若者たち(左が韓国、右は北朝鮮)(写真=写真集より)

都心の大通り(左が韓国、右は北朝鮮)(写真=写真集より)

花を背景にした若い女性(左が韓国、右は北朝鮮)(写真=写真集より)

本は30ページ。見開き面には地下鉄内部の写真が掲載された。全く違う場所の写真だ。左側には若い男女が抱き合ってうれしそうな姿が入れられた。ほかの人々は彼らに視線を向けない。右側の写真。暗い人民服姿の人々がきちんと座っている。その中には写真を撮る人が珍しかったのかカメラに視線を合わせている人がいる。左側の写真はソウルの地下鉄、右側の写真は平壌(ピョンヤン)の地下鉄の様子だ。ドイツのフリーランサー写真作家でありフィルツブルグ大学デザイン学科の教授であるティトー・ライストゥナー氏(61)が出した写真集『コリア-コリア』には、ソウルと平壌の似ているようで違うイメージが盛り込まれた。

2006年に平壌を、昨年にはソウルを訪問して撮った写真で構成された作品だ。欧州と米国などの地では「なかなか撮影するのが難しい北朝鮮の内部事情をソウルとうまく対照させて見せてくれた」という評価を受けた。4月に韓独修交130周年を迎えて韓国国際交流財団・フランクフルト総領事館・アシアナ航空の後援でドイツ出版社のケシュタルテンから本を出した。韓国現代史では分断60年と同じ意味である韓国戦争停戦60周年を前に、彼に電子メールでインタビューした。彼は「違っていながらも同じ2つの都市を見た」として「今度は一つになった韓半島を再び撮りたい」と話した。


--どのようにして“ソウル-平壌プロジェクト”を推進したのか。


「2001年のフランクフルト国際図書展の時に北朝鮮が招待されたが、当時、市当局が私に「平壌を一度撮ってみたらどうか」と提案した。市の応用芸術博物館が積極的に協力してくれた。その時は北朝鮮に行けず5年後に入国許可を受けて北朝鮮を訪問した。いくらも残っていない社会主義国家を撮影したかった」。

--本を通じて何を言いたかったのか。

「ソウルと平壌を同じ観点から眺めたかった。しかし公共生活で2つの都市の共通点は見いだすのが難しかった。北朝鮮ではすべてのことが集団労働で行われていた。だが韓国、北朝鮮の人はみな写真撮影が好きで喫煙を楽しむという共通点があった」。

--ソウルと平壌の最も大きな差は。

「ソウルの特徴は“騒々しい”、平壌は“静寂”だ。平壌には車両の往来というのはほとんどなかった。夜には街灯が全て消えて、全都市が“沈黙のカーテン”に包まれたようだった。息がつまりそうだった。しかし午前6時になれば起床を知らせる放送と宣伝歌謡がスピーカーから鳴り響いた。起床放送は30分間隔で続けて流れた。平壌はソウルとは違って色彩がなかった」。

--平壌では監視がついて写真が撮りにくくなかったか。

「2週間滞在して4500枚ぐらい撮った。到着してから監視された。同行なしでは道も渡れなかった。住民たちとはただの一言も話せなかった。車で移動しながら写真を撮ったり、ビューファインダーを見ないでシャッターを押したりした。それで多くの写真が検閲にかからずにすんだ」。

--北朝鮮を過去の東ドイツと比較するとどうなのか。

「北朝鮮は彼らと同じように灰色の光で退屈だった。しかし北朝鮮の監視体制はどんな社会主義国家よりも厳格だった。東ドイツの住民は少なくともほかの社会主義国家を旅行することができた。しかし北朝鮮は国内で数キロ行っても検問所があった。今でも平壌の住民たちを思い浮かべるときは胸が痛む」。



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