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【取材日記】一点の光として残った開城工業団地を生かすべき

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版
記者が西部戦線最前方の都羅(ドラ)展望台に到着したのは先月30日午後7時10分。開城(ケソン)工業団地がひと目で見渡せるところだ。ソウル竜山(ヨンサン)国防部から直線距離で48.1キロ離れたところで、行政区域上では京畿道坡州市長湍面だ。開城工業団地の左側にあるジンボン山の裾にかかった夕日は周囲を赤く染めていた。日没直前、最後を燃やすような姿は、1枚の絵のようだった。

しばらくして山の麓の平地に視線を移した。工業団地は何度も瞬きをして集中してこそ見えるほどみずぼらしい姿だった。先日まで街路灯と職員を乗せて行き来する自動車の光で不夜城をほうふつとさせたというのが、案内人の説明だった。何度も開城工業団地に行っている記者にも、このように暗くて寂しい開城工業団地には違和感を感じた。中立国監視委員会に派遣された外国の軍人もこの姿を見て「とても暗い(dark, very dark)」を連発した。普段は工業団地の明るさのため見えなかった、ジャナム山裾の金日成(キム・イルソン)主席の銅像を照らす明かりだけが光っていた。

60年前、ここは臨津江(イムジンガン)北側を占領しようとする韓国海兵隊と、これを阻止しようとした中国共産軍が死闘を繰り広げた激戦地だった。停戦50年の2003年6月30日、ここで開城工業団地起工式が開かれた。政経分離という原則のもと、韓国哨戒艦「天安」爆沈事件が発生しても、南北が250発の砲弾を交わした延坪島(ヨンピョンド)砲撃戦の中でも、工業団地は停止しなかった。このため開城工業団地は「南北関係の最後の酸素呼吸器」などと呼ばれた。


その開城工業団地が、先月9日に北朝鮮従業員が撤収したことで存廃の危機に直面している。最後の一点の光として残っている開城工業団地を見ながら、ふと、あの明かりまで消えてしまえばどうなるのだろうかと思った。内部資源枯渇で経済的困難に直面している北朝鮮は、開城工業団地が閉鎖される場合、海外投資誘致努力は水の泡になるだろう。韓半島信頼プロセスを掲げている朴槿恵(パク・クネ)政権も最初の一歩からつまずく。

この時、いろいろな行事場所で記者と会った北朝鮮当局者らの言葉が思い浮かんだ。「開城工業団地はもう南側の地だ」。そうだ。彼らも開城工業団地に頼り、希望を抱いているということだった。なら、希望は残っている。故金正日(キム・ジョンイル)総書記が開城工業団地の敷地を出しながら下した決断の精神を考えれば、解決方法を探せるはずだ。北朝鮮当局が賢明な決断をして最後に残った火を燃え上がらせるその日が来ることを強く期待する。

チョン・ヨンス政治国際部門記者



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