撤去直前状態の旧案内文(上)には「1500年前に百済から伝えられた日本で最も古い木だ」と記されていたが、最近立てられた案内文(下)ではそうした事実が抜けている。
韓国の一部学界では「対馬島主宗氏の先祖が釜山和池山(ファジサン)で葬儀を行った」という「東莱(トンレ)府誌」(1740年発行)の記録を根拠に、釜山東莱に住んだ宋氏が対馬に渡り宗氏に改名したという学説を提起している。
遺跡の案内文だけでなく島のあちこちで親しげな雰囲気が反韓ムードに急変した現場を目撃することができた。3年前まで韓国人に売ろうとハングルで書かれたペンションと不動産広告がしばしば目についた。だが、いまはすべて消えておりみつからない。
むしろ韓国人観光客が集まることに反対するデモまで行われている。太極旗を持った韓国人観光客と日本の右翼団体がいざこざを起こすケースも発生している。対馬専門ガイドのパク・キョンリョン渤海ツアー所長は、「右翼団体が韓国人観光客の前で『ごみはごみ箱へ、朝鮮人は朝鮮へ』というスローガンを叫んだりもする。一部の韓国人観光客が『対馬は韓国の地』という認識から行った露骨な行動がこのような反発を呼んだ側面がある」と話した。「故郷の春」の音楽で韓国人観光客を迎えた厳原埠頭のあちこちでは「対馬防衛隊」という団体名義で「対馬は日本固有の領土」と書かれた立て札が目についた。
正午に「故郷の春」流した対馬、いまでは韓国の痕跡消す動き(1)
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