1976年に蔚山(ウルサン)工場で開かれた「ポニー」自社開発記念式。 現代自動車の最初の独自モデルとして輸出された。 三菱のエンジン・車体を利用したが、デザインはイタリアのジョルジェット・ジウジアーロ氏が担当し、設計は現代がした。
現代車の再飛躍の契機は99年の起亜車買収だ。 当初は車種の重複などで利益よりも損失が大きいという見方が強かったが、現代と起亜が車体とエンジンを共有するなど規模の経済を追求しながらシナジー効果を極大化した。 起亜は現代の隙間を支えるサブブランドとして生まれ変わり、現代車グループに年産270万台(今年目標)を加えた。 最近、現代・起亜車の半期の営業利益が5兆ウォンを超えるのは、軽・中小型・中型・大型の4種類の基本車体でなんと50車種以上を作り出す車体共有のおかげだ。 例えばアバンテの車体一つで小型車アクセント・プライドのセダンとハッチバック、SUV(スポーツタイプ多目的車)のツーソン・スポーテージ、クロスオーバーユーティリティ車(CUV)のソウル・ベロスターなど約10モデルを生産している。 フォルクスワーゲングループのように4種類の車体で長さ・幅・高さを自由自在に増減し、さまざまな車を生み出しているのだ。 数千億ウォンかかる新車の開発費も減らし、開発期間も短縮した。
よいことばかりではない。 心配も少なくない。 まず対立的な労使関係だ。 通貨危機の翌年の98年、現代車は国内の大企業では初めて、新設された整理解雇法に基づいて約1700人を解雇した。 当時の労使敵対の火種が今でも続いている。 会社が厳しくなれば解雇するだろうという不信感だ。 このため「在職期間に得られるだけ得よう」というような賃金交渉慣行が15年間続いている。 記者が数十回も訪問した現代車工場ではこうした空気が感じられる。 数年間にわたり同じ車を生産しながらも作業者の数は減らない。 職員が新聞を広げてみたり、アイスバーを食べながら雑談する姿も見かける。 トヨタでは想像もできない光景だ。 トヨタは1カ月に一回ずつ販売台数と工程熟練度をチェックし、生産台数が減れば作業者の数も減らし、新しい新車ラインに投入する。 いわゆる配置転換だ。 現代車は労組が事実上、人材投入権限を持ち、配置転換が不可能だ。 歴代のどの工場長(社長級)も解決できない難題だ。
「現代車は運が良くて好調」という専門家も少なくない。 日本の地震、リコールなどトヨタの悪材料、円高など、日本輸出業界の悪材料の反射利益を得たということだ。 起亜の新車「K9」を見てみよう。 代表的な高級車のBMW5シリーズ、ベンツEクラス並みの新技術に内装はもっと高級だと広報する。 しかし新技術を見ると、ほとんどの先進企業が開発・商用化したものをようやく導入したというのが実情だ。 最高級ブランドに生まれ変わるため、高級車市場をリードするような新技術により多くの力を注ぐ必要がある。(中央SUNDAY 第278号)
韓国自動車の地位を高めた現代車躍進の秘訣(1)
この記事を読んで…