1976年に蔚山(ウルサン)工場で開かれた「ポニー」自社開発記念式。 現代自動車の最初の独自モデルとして輸出された。 三菱のエンジン・車体を利用したが、デザインはイタリアのジョルジェット・ジウジアーロ氏が担当し、設計は現代がした。
よいことばかりではない。 心配も少なくない。 まず対立的な労使関係だ。 通貨危機の翌年の98年、現代車は国内の大企業では初めて、新設された整理解雇法に基づいて約1700人を解雇した。 当時の労使敵対の火種が今でも続いている。 会社が厳しくなれば解雇するだろうという不信感だ。 このため「在職期間に得られるだけ得よう」というような賃金交渉慣行が15年間続いている。 記者が数十回も訪問した現代車工場ではこうした空気が感じられる。 数年間にわたり同じ車を生産しながらも作業者の数は減らない。 職員が新聞を広げてみたり、アイスバーを食べながら雑談する姿も見かける。 トヨタでは想像もできない光景だ。 トヨタは1カ月に一回ずつ販売台数と工程熟練度をチェックし、生産台数が減れば作業者の数も減らし、新しい新車ラインに投入する。 いわゆる配置転換だ。 現代車は労組が事実上、人材投入権限を持ち、配置転換が不可能だ。 歴代のどの工場長(社長級)も解決できない難題だ。
韓国自動車の地位を高めた現代車躍進の秘訣(1)
この記事を読んで…