金正日(キム・ジョンイル)総書記の哀悼期間直後の2011年12月30日から100日間、労働新聞1面に掲載された歌と金正恩(キム・ジョンウン)親筆署名。短い期間に歌・親筆が特にたくさん登場している。
2月25日には、植樹作業中に土砂に埋もれて2月1日に死亡した延安郡(ヨンアングン)協同分組長に「集団と同志のために命までも捧げるのは、首領様と将軍様が育てられた…美徳だ…」という内容を書いた。 親筆を送った人の数は金正日死去前に比べ死去後は15倍に増えた。 1994年の金日成(キム・イルソン)死去にはこうした変化は見られなかった。 脱北者のイ・グムリョン氏は「金日成・金正日時代にも親筆は活用されたが、このように大量には送らなかった」とし「基盤がない金正恩が急いでいる。『人民に温かみを見せる』という金正日総書記式の‘広幅政治’も繰り返されるだろう」と話した。
音楽会観覧も主要手段だ。 金正恩は哀悼延長期間と見なされる100日間、音楽会に姿を現すことが多かった。 94年の金正日はそうでなかった。 金正恩は1月3日には銀河水新年音楽会「太陽の偉業は永遠なり」で、「金正日同志に捧げる歌」「金正日同志の一生」などを聴いた。 1月15日には4・25文化会館の「永遠に尊敬されるわが最高司令官」公演、1月29日には朝鮮人民軍軍楽団演奏会、2月18日には銀河水光明星節音楽会、3月9日には「女性は花」公演を観覧した。 計5回だ。 金正恩の動静は労働新聞1面のトップ記事となっている。 金正日は死去前の100日間、音楽会へ3回行った。 脱北者のキム・ジンハ氏は「歌政治をより強く督励している」とし「各種団体は金正恩が観覧した内容の公演を繰り返す準備をすることになる」と述べた。
金正日関連の大型詩の掲載も目を引く。 労働新聞は1月1日付に「朝鮮の新年」という長詩を紹介した。 1月14日には「愛を捧げよう将軍様の祖国に」と題して5つの詩を、2月13日には「永遠なる先軍の太陽、金正日同志」(朝鮮作家同盟詩文学分科委員会名義)を、3月25日には「百日昼、百日夜」という大型詩を載せた。 金正日死去前にも金正日礼賛詩が4度も登場するが、小さく掲載されていた。 すなわち、2011年12月30日から100日間に20回、5日に1回の割合で、北朝鮮住民の目と耳を圧迫する感性扇動イベントを繰り広げたのだ。 金日成時代、金正日時代にはなかった現象だ。
金正恩執権100日を分析<下>新世代権力の感性差別化?(2)
この記事を読んで…