北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)党中央軍事委員会副委員長(27)が権力の基盤を固めるためには、体制の保安と党・軍の人事掌握が何よりも重要となる。禹東則(ウ・ドンチュク)国家安全保衛部第1副部長(69)と金慶玉(キム・ギョンオク)党組織指導部第1副部長の役割が注目される理由だ。
28日の金正日(キム・ジョンイル)総書記の告別式で、金正恩副委員長、李英浩(リ・ヨンホ)軍総参謀長、張成沢(チャン・ソンテク)国防委員会副委員長とともに金正日の霊柩車を護衛した禹東則第1副部長は、反党・反体制思想住民を監視することになる。
禹東則第1副部長は09年4月の最高人民会議第12期1次会議(4月9日)で、張成沢国防委員会副委員長とともに国防委員会委員に抜擢された。国家安全保衛部出身者が国防委員会に入ったのは初めて。また、金正日総書記と同じ年齢で、金日成(キム・イルソン)総合大学に一緒に通い、金総書記が1964年に労働党組織指導部の指導員として政治入門した当時も同じ指導員として金委員長を助けるなど、早くから金正日と縁を結んだ。
国家安全保衛部副局長と副部長を経て、09年からは第1副部長を務めている。国家安全保衛部で専門性が高い‘公安通’だ。かつて禹東則第1副部長は部下の柳敬(リュ・ギョン)副部長に劣勢という印象を与えていた。柳副部長は権力中枢人物の牽制を受け、今年初め処刑されたと伝えられた。対北朝鮮消息筋は「禹東則は柳敬の処刑後、金正恩と張成沢の支持を受け、国家安全保衛部を完全に掌握した」と述べた。
金慶玉第1副部長はベールに包まれた人物だった。党指導部の意で軍幹部の人事を担当し、監察まで引き受け、慎重に行動しているという。年齢も明らかでない。08年12月29日付の労働新聞に、金委員長とともに国立交響楽団の公演を観覧したという記事が登場するまで、公式席上に顔を出さなかった。
金慶玉第1副部長は昨年9月27日、金正恩副委員長とともに「大将」称号を受けた。その翌日の第3次党代表者会では、党中央軍事委員会委員に選ばれ、それ以降、金正日の軍部隊視察にほとんど同行した。
曺東昊(チョ・ドンホ)梨花女子大教授は「国家安全保衛部と党組織指導部は金正恩権力を影で補佐するところで、禹東則と金慶玉が金正恩後継体制の確立時期に昇進してきた点を見ると、この2人が今後、金正恩の権力基盤の両翼になるだろう」と予想した。
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