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<創刊企画>日本IT界の神話、孫正義「志高く」(21)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版

1997年8月26日、ソウル三成洞(サムソンドン)COEXで開かれた「コムデックスコリア97」で、孫正義会長が当時の金鍾泌(キム・ジョンピル)自民連総裁に新型ノートブックを説明している。 ソフトバンクは95年、8億ドルを投じて世界最大情報技術(IT)展示会のコムデックスを買収した。 世界最大ITメディアグループのジフデービスも引き受けた。 当時の年間売上高の数倍にのぼる大きな取引を実現させ、孫会長は一気に世界IT業界の大物に浮上した。

#反転と執念の交渉ドラマ

1年後、ついにコムデックスと本格交渉に入る頃、耳寄りなニュースに接した。 「米国の世界最大ITメディアグループ‘ジフデービス’が売却手続き」という記事がウォールストリートジャーナルに掲載されたのだ。 ジフデービスは数多くのIT関連メディアを生産する‘情報大手’だった。 ジフデービスが出版する雑誌「PC WEEK」は世界IT従事者の必読書だった。 広告収益は「プレイボーイ」や「フォーチュン」より多かった。 それに刺激され、90年3月、すでに私は「PC WEEK」の日本版権を確保していた。

私はジフデービスの核心である出版部門を買収することにした。 しかし資金が不足した。 メーンバンクの日本興業銀行はもちろん、日本のどの金融機関も融資の要請に応じなかった。 私は米国でチームを結成することにした。 モルガンスタンレーを顧問に、プライスウォーターハウスクーパースを会計監査に起用した。 彼らは私の無謀な計画をあざ笑わなかった。


信用担保融資のLBO(Leveraged buyout)方式を提案された。 ソフトバンクとジフデービスの収益を合せれば「1+1=2」ではなく「1+1=3」の信用度を確保できるということだった。 モルガンスタンレーの斡旋でバンク・オブ・ニューヨーク、シティ銀行、チェースマンハッタン銀行の関係者らと夕食をした。 1週間後、3カ所からOKサインを受けた。

94年10月末、私は自信満々に入札日を迎えた。 しかし昼ごろ、信じられない電話が入った。 投資専門会社ポストマンリトルが単独交渉権得て、出版部門を引き受けたということだった。 単独交渉権とは、入札前に破格条件を提示して受け入れられた場合、全額現金を支払って会社を買収するというものだ。 ジフデービス側が有力買収先のソフトバンクは資金不足といううわさを聞き、取引を早期に妥結してしまったのだ。

私はまずチームを励ました。 「米国式M&Aを学べた」「過程習得自体が財産だ」と言って笑った。 しかし体は疲労していた。 数日間、眠れない状況が続いた。 ホテルの部屋に戻るやいなや倒れ込んだ。 どれほど眠っただろうか。 目を覚ましたのは 午後4時55分。 入札締め切りまで5分しか残っていなかった。 ふとひらめいた。

「ジフデービスには出版部門ではなく展示会部門のインターロップもある。 インターロップはコムデックスに続く米国2位の展示会だ。 それを買収しよう」。

私は直ちにモルガンスタンレーに電話をした。

「今すぐジフデービスに連絡して、時間をもっと欲しいという伝えてほしい。 インターロップを買収するので、入札額の計算のために深夜12時まで締め切りを延ばしてほしいと」。

コムデックスを買収できるかどうかは分からない。 コムデックスに加えてインターロップまで買収すれば、米国IT展示市場の7-8割を握ることになる。 私はモルガンスタンレーの事務所に駆けつけた。 その日深夜12時、インターロップ買収が確定した。 価格は2億ドル。 私はモルガンスタンレーに10億円を超える顧問料を快く支払った。



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